3回目となれば、楽しみになってくるもの。
オーロラ飛行最終日。
夕暮れのフェアバンクス。
「今日は、オーロラ見えるかしら?」
お世話になっている家に住むSさんがそう言いながら
南向きの窓に近づき、おもむろに外の雲を眺める。
今日は天気悪く曇りがちで、とてもオーロラ日和という感じではない。
しかしながら、フェアバンクスの南から西にかけては
かすかに雲が切れつつあり、その切れ間から青空と傾きかけた夕陽の赤が
見え隠れしていた。
「南から西にかけて、雲が少しでも切れているときは夜中にオーロラが見えることがあるのよ、今は曇りだけれど諦めないで夜中になったら飛行場で待ってらっしゃい。もしかしたら良いオーロラの中を飛べるかも知れませんよ」
「今晩はだめだろう」となかば諦めリラックスモードになっていた僕。
しかしながら、30年以上もフェアバンクスに住んでいるSさんの経験則なのだろうと思い、時計を確認して一応酒を飲まずに夜を迎えることにした。
夜1時になっても頭上の雲が消えなかったら、そこでビールを空けて
Sさんにニヤリとしよう、なんて思いながら。
フェアバンクスの夜は、直ぐにやってきて
さてとビールを飲む準備をする・・か・・と思えば、あれ?
驚いたことに雲はSさんの言うとおり南の方から
カーテンを引いたようにさーっとなくなってきており、
深夜11時半の段階で、夜空の星は綺麗に瞬き、
ぼんやりオーロラがこんな町中でも見える・・・
経験則は正しい。
はやく飛行場に行かなくっちゃ。
離陸する頃には、2本のオーロラが翼の横を貫いて
上昇するほどに強くなるその光の強さに操縦もそこそこ、、
強烈に我を忘れるこの浮遊感。

うーん、なんていうんだろう、光の帯の世界に飛び込むこの瞬間、目の前の漆黒にうかぶオーロラが自分の価値観を空中で消し去ってくれるような、おまえなんかいてもいなくてもべつにおれは輝き続けていて、でもわざわざ見に来たんだからじゃあちょっと不思議な感覚にしてやるけれど、これ以上は何もみせないし何も期待するな、みたいな誰かが作為した空間として全周をくっきりぼんやり照らし出して、そのせいではっと我に返るのが数秒遅れるような、そんなイメージ。
極光夜間飛行の妙、もしくは冥であるか。

体験のうち、自分の中のなにかが突き抜けたような満たされ方をすると
もうそれだけで良いのかな、と思ってしまうことがあります。