2010年6月12日土曜日

カリブー大群捜索日記(2)

5月23日 霧のため終日飛行できず


先日の着陸のあと、カビックは深い霧に包まれた。北極海から押し寄せてくるこの軽く湿った霧は、思ったよりしつこく日中の日差しでも、消えることはなかった。北極海沿岸の氷はどうなっているのだろうか。


午前中、スーザンにカビックの話などを聞く。

クマに襲われた話や、キャンプ近くに現れるリスやキツネとの交流、ホッキョクグマの話やキャンプ生活を守るための努力など、彼女の体験談は、非常に面白い。


話の途中、キャンプ小屋(実際には、非常に大きなかまぼこ形テント)からカリブーの群れが霧の中、数十頭歩いているのが見える。隣にあるコンテナの屋根の上から、双眼鏡で彼らの行動を眺める。すべてのカリブーは体毛がびしょぬれで、どうやら川を渡ったあとの姿らしい。


午後、歩いてカリブーを捜索するため、ウエイダーにフエルト底になったブーツを履く。スーザンに、銃を持ってゆくように強く勧められる。いわく「あなたは、グリズリーにとってフードなのだから」


まだ凍っている川岸を歩きつつ、双眼鏡でカリブーを探す。川岸を覆う雪は、まだ固くしまっているが所々は緩くなっており、太股まで埋まることがあり、歩くのに難儀する。


川は、所々流れがあったが、氷が張っている状態なので、川を渡ることを決意。しかし途中で良い景色であるところを歩きながら撮影していたら、突然氷が割れ、川の流れに胸まで浸水してしまう。川の水は非常に冷たい。脇にある氷につかまり、すぐに脱出。カビックキャンプへ戻る。装備やショットガンがびしょぬれになり、それを乾かすためにその日の行動は、すべてキャンセル。

9時までに帰ってくると言った私を見てスーザンは、してやったりと言うような顔で、「今日は、おとなしくしたほうがいいわ」と私にアドバイス。

夜、スーザンと夕食を食べながら、クマに襲われた話の詳細や他のクマと戦った話を聞く。
スーザンいわく「クマは、いつも私を狙っている だから生活は緊張感に満ちている」

クマがすぐに入ってくる可能性が高いソフト・テントで寝ている私は、44マグナムを護身用に追加(スーザンから借りて)して床についた。

カリブー大群捜索日記(1)

2010年5月22日 アナクトビック・パス→カビック

ノーススロープにあるカビックは、ここ一週間ほど霧で覆われており、飛行は困難と判断、5/21出発予定を1日遅らせて、天気の回復を待った。5/22朝の現況はまだ低い雲がたれ込んでいるが、現地のスーザンからの報告と衛星可視画像そして航空気象予報から、0900出発を決心。

1000頃、ブルックスの北の端にある
アナクトビック・パスを離陸、カビックまで飛ぶ。

途中、低い雲がノーススロープ一面を覆っていたが、東進するにつれ雲は切れてゆき、5月下旬だというのに、いまだ雪に覆われた真っ白な大地が出てくる。

ダルトンハイウェイを横切るころ、カビックへの到着を確信する。途中、カリブーの小群(10頭程度)の群れが移動するのを発見。

カビックまで、あと20マイルというところで、北極海から押し寄せてくる霧が出現、カビック到着できるかどうか、心配になってくる。ここで引き返しになったら、再度燃料補給のためブルックスを逆戻りしなければいけない。

1130:霧をぬいながら無事カビック到着。

滑走路は、吹きだまりと固い圧雪で覆われており、着陸と言うよりは、滑り込んだ という感じ。小さな雪山で、ハスキーが何度もバウンドした。滑走路には、10頭ぐらいのカリブーが横になっていたので、着陸前に追い払う必要があった。


ハスキーから降りると、
ひんやりとした空気が心地よい。


去年の12月から半年ぶりに人間を見たという
スーザンから強烈なハグを頂く。

2010年6月10日木曜日

極北の強風飛行


ブルックス山脈から、北極海まで平坦な地形が続く
南北の幅約500キロ、東西の長さ1500キロ以上のツンドラ平地は、
一端風が吹くと、しばらく止まらない怖さがあります。

カビックの滞在も後半戦に突入した頃、
数万頭のカリブーのいるノーススロープでは、
東北からの強風が吹き荒れる日が続くようになりました。

その強さは、25〜35ktで風には強弱の波:息(GUST)があり、
軽飛行機には非常に厳しい離着陸条件でした。

私のハスキーの横風制限は、13kt。
風の方向が、飛行場の横から吹くようになれば、
機体制限的には、あっという間に飛べない状態になります。


残りの撮影日数を数えながら、風が止むのを待ちつつ、
それでもギリギリのところでなんとか離陸できないかを模索します。

それで、なんとか飛べるような風になれば離陸するのですが、
風はいつも定常ではなく、

飛行が終わって着陸する時には、
また制限以上の横風が吹いていることが多々ありました。


滑走路に着陸するには、横風が強すぎる
かといって他の横風が弱い飛行場は周辺にない。


そんな時はどうするか。


こういう時は、カビックにあるランプ(飛行機を駐機する場所)に無理矢理着陸します。
具体的には、駐機場の最大距離を稼げる対角線を使って、風と正対するように(横風成分がなくなるように)
方向を変えて着陸するのですが、この駐機場の距離はたったの30mぐらいしかありません。

しかも駐機場をちょっとはみ出すと、ツンドラの荒れ地になり(そこまで50m)
さらにそれを越すと沼が待ち構えています。

さすがに本来着陸する場所ではない、ところに降りようとするので、
カビックの管理人であるスーザンの了解を取っておく必要があります。


「スーザン、横風がイヤだからランプに着陸してもよい?」

「ええ、あなたが出来ると思うなら、おやりなさい。でも何かあってもそれはあなた自身の責任よ」

「OK、自分自身の責任でやるよ」


アメリカでは、なにかいつもと違う、危険なことをする場合によく、

Take your own risk

と言う言葉が、出てきます。


リスキーなことを行うことも、
その責任を自分で負うことも、
それが個人の自由に任されている
この国に住んでいる人の考え方が、私は結構好きです。


着陸は、ギリギリの接地を狙って地面にたたきつけるような感じでした。
大きなバウンドはしましたが、その後、強烈なブレーキと正対する強風のおかげで、
30mの駐機場で何とか停止しました。
この間の着陸操作には、着陸続行か中止か瞬時の判断と、
微妙なバランスの操縦桿とブレーキ操作が必要になってきます。


狭い場所で着陸する場合、
着陸は、本当にかっこ悪いものですが、
それでも飛行機を壊さず、人がケガをしなければ、
それはそれで、きっとよい着陸なのだと思っています。


安全、安全とやたらにうるさい世の中ですが、
安全性を高めるための技術や経験は、

ある程度の危険の中に自ら立ち入らねば得られない

と言うことを改めて実感した次第です。

2010年6月3日木曜日

ブッシュランディング(後編)

カニング川の河原に降りたち、一泊する


カビックが、深い霧に包まれて着陸出来る状態ではなく、
また他に着陸出来る飛行場は近くにない今、

飛行場ではない、どこかの大地

に着陸しなければいけないのは、当然のことであった。


降りようと考えているカニング川の河原は、
ちょうどツンドラと川の境界になっているような場所で
長さ約100m、幅15mの着陸場所としては良さそうな雰囲気だった。


ひとまずフラップを着陸態勢の位置まで下げて、
河原の上をローパスしてみる。

河原を形成する砂利は、大きなものが多く
路面は、あまりフラットではなさそうだ。

パワーを足して、左上昇旋回をしながら河原を振り返りつつ、
着陸をするかどうかの判断をする。

ふと後席を横目で見つつカメラマンの西さんの表情をのぞくが、
いたって平静な様子で安心する、西さんは撮影現場で、
こういう体験をかなりしてきているのだな、と思った。


最終アプローチで、パワーを絞りつつ
着陸場所の河原を注視する。
大きな石、地面の穴、背の高い木がないかを
最終チェックしつつ、パワーをアイドルにして速度を殺す。

地面に接地時、出来るだけ速度が少ない方が
着陸時の停止距離が短くなるので、ここが肝心なところだ。

接地間際は速度を殺すために
機体のピッチを上げるので前方が見にくくなるのを補うため、
スムーズに注意視線方向を周辺に移行し、
地面との距離感覚をキープし続ける。


地面とタイヤがインパクトする瞬間、
比較的大きな石に当たる感覚があった。
機体が、若干上下する。

スロットルをいつでも全開に出来るように
左手が、少しこわばるのが分かる。

まだ、いけるか・・

様子見にブレーキをかけつつ、
前方視界を確保するために、操縦桿を前に若干倒す。

プロペラの向こうには、
想像以上に大きな凸凹がある河原に、少し驚きつつ、
このまま着陸を継続することにした。

機体は、地面の大きな凹凸で激しく上下する。
そのたびにブレーキと操縦桿のピッチコントロールで
プロペラと尾輪を地面の衝突から守る。

感じとしては、自分の真下にある2つの主輪だけで、
うまくバウンドして衝撃を吸収する

といったところだろうか。

最後の大きなバウンドが終わったところで、
ハスキーは無事、河原の範囲内で止まった。

着陸停止距離は、60mぐらいだろうか。

意外に震動の大きい着陸だったが、
無事着陸できたことに軽く安堵した。


ブッシュランディングは、
意味もなくやる必要はないが、
それが必要な時には、
確実に安全に出来なければいけない。

それがなければ、アラスカの辺境で飛ぶのは難しいだろう。


着陸後は、
ハスキーの翼の下に黄色いテントを張り
天候が回復するまでの間、
西さんと二人で薪を集めて、たき火を楽しんだ。


霧の中のキャンプで、
そばを流れる川水の音とパチッと燃える
乾いた焚き火の音だけの世界が、
目の前で燃える炎を際立たせていた。

2010年6月2日水曜日

ブッシュランディング(前編)

晴天のカビック






ブルックス山脈の北、
北極海との間に挟まれた緩い北向きの大斜面を
現在、カリブーの大群を探しながら飛行しています。

このノーススロープと言われる大ツンドラ地帯は、
南北に200キロ、東西には約1000キロも伸びる大きさで、
私の飛行機であっても、かなり大きい捜索エリアです。
(本州、四国、九州を足した大きさぐらいでしょうか)


今回の滞在は、

ノーススロープのどこかに集合するであろう、カリブーの大群を探す


のが目的です。


ノーススロープの東半分に的を絞って飛行しているのですが、
それでも広大なエリアを探し回るのは、かなり大変なことです。


現在、探せているのは、
「カリブーの小集団」ぐらいでしょうか。


そんな捜索の中、昨日
こんなことがありました。


ビデオカメラマンの西さんと
カビックから200キロ以上離れた場所まで、
カリブー捜索に行きました。


そこは往復で3時間かかる場所で、
私の飛行機の搭載可能燃料は、約6時間。

残りの燃料の余裕を考えると、
現地では2時間ほどしか捜索できません。


離陸時のカビックは北方向に海霧が迫っている状態でしたが、
そんなことはお構いなしに、東へ飛び立ち捜索へと向かいました。


若干の雨模様での飛行でしたが、
誰もいないブルックス山脈の北麓は何回飛んでも
リアルなのか夢物語なのか分からない景色であり、
それは伝えようのない、箱庭の造形美です。

谷を越え、大河を越え、広い丘陵地帯を
長時間俯瞰していると、
ノーススロープ東側の地形と
カリブー小集団の行動パターンが何となく分かってきました。

しかし

カリブー捜索は2時間を超え、そろそろカビックへ
戻らなくてはいけません。

まだ小集団にしか出会えず、
納得のいく映像が撮れていない西さんと私ですが、
安全上、仕方なく
後ろ髪を引かれるような思いで、
針路を西へ帰路飛行に戻ります。

残りの燃料は、2時間分。

その後、何事もなくカビック目前まで飛行、
目の前のカニング川を越えれば、
スーザンのおいしい夕食が待つカビックが近づいてきます。


しかしそこで、、ぶ厚い霧雲が、目の前に現れました。

いろいろと飛行機を大きく旋回・上昇・降下させ、
カビックに繋がる雲のトンネルや、経路を探しますが、
地上は全く見えない様子。

ラジオで伝えてくれるスーザンの地上天気情報も
霧が濃く相当悪いらしい。


これでは、カビックに着陸できないな・・・


頭の中で、ひそかに
ブッシュランディングの決心を下しつつある私、


アラスカ辺境の地で飛行する場合は、
必ずしもきちんと整備した飛行場に降りられるとは限りません。

目的の飛行場の天気が急変した場合、
通常であれば別の飛行場へ向かうのがセオリーですが、
ここアラスカでは、その代替飛行場がはるか遠かったり、
もしくはその飛行場も天気が悪い、ということがよくあります。


そんな時は、最初から飛ぶな


というと言うのが、法的な解釈ですが、
ここは辺境の地であり、
必ずしもそんなことはなく・・・

アラスカ辺境の地を飛行をするのであれば、
その辺の勇気と知恵は持ち合わせなければいけません。


では、

どこにも着陸出来る飛行場がないときは、どうするのか。


そのときは、そのへんのアラスカの大地に降りるのです。
それがブッシュパイロット。


カビックから針路を反転、東へ向け、
カニング川の流域に着陸場所を探します。


春の雪解けシーズンなので、
ツンドラはドロドロな状態、

しかも、腹を空かせたグリズリーが
待っている可能性もある。

降りるなら、比較的安全確保が可能な河原しかないか、、

カニング川は、いまだ氷が張っている状態で
春の河原は、雪解けの影響で荒れている場所だけ、、、

北風が強く、、東西には着陸帯をとれないな、、



整備された飛行場ではなく、
まったくの原野に着陸するブッシュランディング。

様々な情報を着陸前に確認し、
それを総合的に判断して、
着陸の決心をしなければいけません。

それに、最も大事なことは、
後席の乗員を心配させないこと。

すべての情報収集と決心は、無言のまま、
時には軽い冗談を交えながら、後席をリラックスさせつつ
行わなければいけない。

後席の西さんと

「日本だったら、代替飛行場に飲み屋街があれば、
ちょっと繰り出す楽しみがあるんですけどねぇ、ここは原野ですから・・」

なんて冗談を言いながら、フラップを下げて着陸態勢に入る。
西さんは非常に落ち着いている様子だ。

燃料が限られているので、
悩む暇もないまま、カニング川の河原で
距離は100mほどの、良さそうな場所へ進入を開始した。


見た目上は、悪くない河原だが幅は狭い。
果たして無事に降りられるだろうか。



つづく