2009年8月26日水曜日

極北カリブー猟(酒運び屋)

そもそも今回の狩猟は、「飛行機でしか行けない場所でカリブー猟を」
というのがひとつの大きな趣旨だ。

ブッシュパイロットという肩書きを考えると、その仕事の頂点に立つのがハンティングブッシュパイロットである、という私自身の思い込みと&あこがれから今回のカリブー猟の話は始まった。それを聞いた自然派自由人のアメリカ人ハンター友人の二人が、「湯口が飛行機を出すなら行こうじゃないか!」ということですべてが決まったのである。

僕と友人二人(ジョン、ヨシ)は、フェアバンクスから車で8時間、飛行機で4時間かかるHappy Valleyというすてきな名前の飛行場で落ち合うことにした。ブルックスレンジの1つの峠AtigunPassを越え、北極海までどこまでも水平に広がるツンドラに位置するHappy valley飛行場には、どこからともなくカリブーハンターが集まる。そこからブッシュパイロットとして友人と大量のキャンプ道具をハスキーに積み込んで、離陸するのである。我夢にまで見た光景がここにあった。目指すは、カリブーが横断するイビシャック、エチューカ川の誰も近づけないウイルダネス。ジョンと空中で話し合った結果、着陸場所が決まる、場所は幅1マイルほどもあるイビシャック川のほぼ全幅を移動できるおおきな砂利の中州。着陸重量、風、接地面の状況を何度も自分の頭の中で反復計算して、どのぐらいの距離で降りられるか、着陸やり直しのタイミングはどこか?、ファイナルの速度と着陸パターン、降下プロファイル、接地方法などを決定する。飛行場ではない野生の場所に降りる場合、いわずもがな失敗は絶対に許されない。だからすべては自分の責任の下に行動を決定する。それがアラスカでブッシュランディングをするものの唯一の決まり事である。だがこれは「失敗することも自分の責任において許される」と解釈もできる。ちなみに日本では、ブッシュランディングは許される行為ではない。失敗することすら許されない(やってはいけない)のが我が国の方針である。

一度、テスト着陸をおこなう、着陸場所の中州にタイヤを接地、転がすことを数秒・・・様子を見、そしてふたたびエンジンを最大出力にして離陸。数秒の間に29インチのタイヤから伝わる接地面の状態を体で感じて、それを着陸可否の判断材料にする、結果はGO。すぐにエンジンパワーを高度に変換し、オーバル360パターンを作る。地上風は右斜めから10ktほど、500ft上空では少し増えていることがパターンのズレでわかり偏差修正。通常の飛行場と違い、自分で着陸方向とパターンを決める場合、あらゆるパラメーターを統合して瞬時に判断決定しなければならないこの作業は、誰も規制しない地上ウイルダネスにおける行動決定術に似ていて、非常に自由である反面、求められる経験と能力は高い。最終進入経路をつくり、飛行機のドラッグをエンジンパワーで釣り合わせる、アイドルにすればすぐに失速する絶妙なバランスのもと、いつもより浅い進入角度、接地点のエイミングを川と中州の境界にあわせる。水上でパワーを絞りつつ、その結果として表れる飛行機の沈下率をピッチコントロールで相殺、翼上面に流れる空気の層が、剥がれてくれないことを祈りつつ失速の前兆である操縦桿のシェイク(小刻みな揺れ)を感じる。早く降りてしまえば川の中、遅く降りてしまえば中州で止まれずオーバーラン。ピンポイントで飛行機を接地させる技術は、戦闘機のランディングによく似ているが、こちらは設備のない極北の原野、やっていることの意味そのものが違う。こうやってギャンブルにも似た大地とのファーストコンタクトを操縦桿の微妙な操作で形作り、その後、タイヤと砂利のザザッザ・・という感触が機体を通して自分に伝わってくると次第に速度はなくなり、飛行機は停止する。
エンジンを止めてコックピットのドアを開ければ、あとは極北の大自然が待つのみだ。

その後、無事にジョンとキャンプ道具、ライフル2丁を降ろした後、もうひとりの友人、ヨシを迎えにHappy Valleyに戻る。
2回目の着陸も無事に終わり、すべての荷物を降ろし終わると安堵のひとときが待っている。だれも降りたことがないであろう場所に人間二人とハンティング道具を降ろしたんだ、という達成感。これぞブッシュパイロット至福の時。

と、、そこで・・

ヨシが数少ないビールを手にとって、
「そういえば、、、ビールこれじゃ足りないかも・・」と言う。

ジョン「そうだな・・こんなよい景色、よい場所で酒がこれだけでは・・」

俺「全部、持ってきたんじゃなかったの??」

ヨシ「いや、、飛行機の重さのことが気になって、ビール6本とウイスキー1本、クーラーボックスの中に置いて来ちゃったんだ」

ジョン「酒は重要だな・・・いってくれるか?」

俺「・・・酒を取りに帰るだけのブッシュパイロット・・・おもしろい、いくよ」

そうして酒運び屋としてクーラーボックスごとハスキーの後席にくくりつけて三度、ハンティングキャンプに舞い戻る気持ちは学生時代、冬の岩木山頂上から日本酒だけを買いに下山後、また夜間登頂するという愚行に通ずるものであったが、そういう所業は将来の糧になることも知っている次第、どんなことも楽しければよいのである。人間を幸せにする液体をHappy Valleyから運んだという幸福感、これまたブッシュパイロット冥利に尽きるものだ。

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