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2011年8月24日水曜日

ニシンの大群

下の写真は、2010年の6月にベーリング海のUnalakleet〜St.Michael間の海岸線沿いを飛行した時に撮影した不思議な・・まるで白い絵の具をぶちまけたような海岸の光景である。

これは一体何だろう?? いつもながら飛行旅が終了したあと、Dr.トンネルマン(吉川教授)に写真を鑑定してもらって、その正体が分かった。それは、ニシンの産卵期に見られるオスの精子であるらしい。この現象を日本では、


群来(くき) と呼ぶらしく、

以下、netから抜粋。

ニシンが産卵のために大群で押し寄せる「群来」と呼ばれる現象は、海面が乳白色に染まっるもので「群来」は、産卵のためにニシンが大群で押し寄せ、オスが出した精子で海水が白く濁る現象である。


もちろんオスの精子があるということは、メスがそこに産卵しているということであるだろう・・・ということに気が付いて、非常にお世話になったS子さんにアラスカで見せてもらった写真があるのを思い出し、さっき必死になって捜したのが以下である。

2009.9.6フェアバンクスにて撮影

ニシンが昆布に卵を産みつけたもの子持昆布と呼び、珍味としてそのまま食べたり、寿司ダネとして利用される。(wikiより)


なるほど写真のニシンの卵は昆布にくっついてはいないが、なにか違う海草に産卵されたモノであろう。これの味はあまり覚えていないが、とにかくアラスカのしかも内陸部であるフェアバンクスで子持海草?いわゆる数の子モドキを食べられたことは、いまさらながらオドロキである。今写真を見ると「ゴクリ」!


今でも北海道の南西部、江差町などを尋ねれば、昔栄えたニシン御殿などの観光名所があったりするが、その時代に北海道を飛べばこの景色が見られたのか・・・と思うと何とも感慨深いモノがある。


いまや、北緯64°の6月にニシンの大群の「群来」を至るところで見るとは、色んな意味でニシンの住むところが変化したのでしょうね。

最近、北海道の漁港の岸壁でニシンならぬイワシを大量に釣り上げている自分としては、思わずにっこりなお話しでした。

p.s.北海道では、2月に群来」が見られることがあるようです。なぜニシンの群来」は北海道で2月、アラスカは6月なのか調べてみると面白そうですね。

2010年7月26日月曜日

日本へ無事帰国

連絡が遅くなりましたが先週末、無事に帰国しました。


今年は、とても長いような短いような
なんだか不思議なアラスカ飛行の3ヶ月間でした。

例年の帰国後に感じる感覚と少し違う、、
このぼーっとした無気力感は、


例年の倍の時間を飛行(200時間)して、
アラスカの深淵をたっぷりと体に刻み込んだから・・・


ではないかと思っていますが、
実は自分でも、理由はよく分かっていません。


アラスカ飛行も5年目が終わり、
そろそろ節目なのかもしれませんが、
そんなことをいっているヒマはなく、

今年もこれから講演会や写真の準備で忙しくなりそうで
いままでやってきたことを、いかに伝えてゆくかが
最も難しいことだと思っています。





ちょうど、帰国したあと、
とある20代の方で私の本を読み、

今の会社を辞めて外国へ飛び出す決心した

という若者から、以下のようなメールがきました。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

湯口さんの本に出会い、実際にお会いできて、
私にとって大きなきっかけとなりました。
(中略)
湯口さんの活動に、勇気付けられる人がたくさんいると思います。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



世の中を生きる過程で、

何のために、、?
もしくは意味のある生き方ってなんだろう、、?

と思うことが、いまだ自分自身多々ありますが、

上記のような若者からのメールが、
私にとって、その答えのひとつであることは間違いありません。


私的にタイムリーな
以前紹介した探検家ナンセンの言葉、


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

来たり、そして去った夢。


しかし、夢なくして人生に何の価値があろうか。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

は、間違いなく今年のキーワードであるのですが、


夢は、大波のように押し寄せて
去ってゆくのも早く、

次の夢は何なのだろう・・と大いに悩みながら、
3年前に書いた恥ずかしい夢の話を懐かしく読んでいました。

http://talkeetna.sakura.ne.jp/talkeetna.jp/dream/dream.html




これからの予定は
今後、UPしてゆきます。


しばらくは(来年のシーズンまで)日本にいる予定ですので
これからもどうぞよろしくお願いいたします。

2010年7月10日土曜日

カリブー大群











ついにというか、やっとと言うべきか、
いままでの集大成、
カリブーの大群と出会うことが出来ました。

遭遇の瞬間は、何度もやってきたのですが、
眼下で数万頭のカリブーが動くさまは、まさに夢の光景でした。

詳しいことは、またあとで。

ひとまず速報でした。

この感動を暖かいうちにみなさまへ。

2010年7月8日木曜日

目指した途中の夢



キャンプ全体と飛行機が深い霧に包まれている。

北極海に浮かぶの氷の上に乗った冷寒な湿気が
そのまま南下したような、そんな空気感だ。

こんな日は、まずもって飛行することは叶わない。
霧雨に濡れながら外(地上)で活動して、カリブーを追い、グリズリーを探しつつ
寒さで体がこわばる厳しさを味わうのも良いが、

一転して、テントの中でじっとしながら
唯一持ってきた、とっておきの日本語の本を読む時間も素晴らしい。


ナンセン・「極北」
(北極海・漂流探検記)

をテントを叩く雨音の律動に合わながら読んだ。


100年以上前にノルウェーの探検家・ナンセンが、
北極海を船で計画的に流氷にのって漂流し、
様々な発見や経験をした探検記である。


ナンセンは途中、船が北上しなくなった北緯84度付近で、
船を他のクルーたちに任せ、
もう一人の仲間と犬ぞりとカヤックで更に北上を目指す。

しかし食料は途中でなくなり、厳しい流氷は行く手を阻み、
それでもシロクマ、アザラシなどで食料を自給しつつ、
ひと冬を越して、ついには生還する探検記である。

この探検行には、現代の最新機器が補うことによって失なわれた
すべての冒険的要素が詰まっているように思われ、
とくに感銘を受けたのは、
自分で常に食料を調達するスタイルであり、
空輸に頼る現代の北極探検とは、
まったく異なる自主自立したものだ。

さらに

探検行そのものに漂う夢のかけらが、
本人の意思で行われた人生そのものであった

ことが、この本の最も偉大な点だろう。


本人は、本の最後にこう結んでいる。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−--------------------


さまざまなあこがれを胸に抱いてすごした、


氷と月の光に照らし出された長い夜は、


別の世界からは、遙か遠い夢のように思える。


来たり、そして去った夢。


しかし、夢なくして人生に何の価値があろうか。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−--------------------

北緯70度のキャンプでは、
寒雨がテントを叩く音がやみ、
優しく、なにかが降り積もる音に変わっていた。

外に出てみると雪が降っていた・・・7月の雪だ。


羽布張りの小さな飛行機は、
雪が降り霧に霞んで、よく見えないが、

それもまた自分が目指した途中の、極北の夢の景色として、

記憶に残るような気がした。

2010年7月6日火曜日

カリブー大群捜索日記(3)

5月24日

霧のため飛べず

それにしてもカビックは季節外れの雪が多すぎで、
いろいろな作業をしなくてはいけない。
一人のスーザンを助けるため、ジェネレーター用の燃料カンを運ぶ手伝いをする。
雪が多くて動力が使えず、40キロの燃料を歩いて運ばねばならないので
かなり重労働。

それにしても霧がとれない。
地上付近を視程ゼロの雲が漂って、
とてもではないが飛ぶ気になれない。


海岸から30マイル離れているカビックでも、いまだ北極海に浮かぶ海氷のせいで
夕方から朝まで(悪いときは一日中)霧に包まれる。
風は、常に北風か北東から吹き、しかもそんなに弱くないので、
霧の発生条件と違うのだが、確かに霧は存在するので理解に苦しむ。
パイロットは、常に現況で(未来を)判断するので
いまいち経験則にそぐわないことがあると、頭を悩ませてしまう。

北には遮るものがまったくないツンドラだから、
すべてが海と氷と気圧の言いなりだ。


ひたすら待つしかない。


5月25日

朝、しつこかった霧がやっと晴れ上がり、飛ぶのに問題なくなった。

滑走路は、いまだクラストした雪で、でこぼこだが、
それでもだいぶましになり、バウンドしながら離陸した。

午前、ひとまずカビックから数十マイル東にあるレッドヒルといわれる
東西に延びた丘陵地帯に行ってみる。赤茶けた丘が印象的だ。
温泉があると聞いたが、見つからず。

そこから、非常に狭い谷を北方向に抜けて、川を下り北極海を目指す。
どこが海岸線で、どこからが海なのか分からない北極海は、
3年前のバロー以来2度目であり白色の氷塊が、まさしく極地の証だ。

北極海沿岸に浮かぶフラックスマン島へ。同島はポリゴンの島で、
建築物が1つ霧の中から見つかるが、周囲は海氷に浮かび、
島という感じではない。

カニング川河口から、陸地へカビックに戻る。
途中、川のある特定の場所だけに
とても青く他の部分よりも固く凍っている場所が2カ所ある。
大きさは数百メートル、不思議だ。

結局、カリブーはごく少数しか見つからず。
この時期に季節外れの雪が大量に残っているのが、
カリブーが群れを作らない原因であるそうだ。

2010年7月4日日曜日

Kavik again!


北緯約70度、7月のカビックに戻ってきました。


早速、カリブーの大群を発見。(そんなに簡単ではなかったですが)

スーザンいわく
 おおむね、8000頭はいるのではないかと。
(サンプリング計測)




ものすごくラッキーなことにカクトビックが ほんの少しの間、
晴れていたので立ち寄ってみました。 
 これは非常に珍しい写真だそうです。





ハスキー(飛行機)も私もくたびれつつありますが、
アラスカの夏は、短く休んでいる暇などなさそうです。

2010年7月1日木曜日

久しぶりの更新です

ずーっとネットがない世界で飛んでいました
久しぶりの更新です。

6/16〜6/26までの間、下記の経路で54の村を単独で回っていました。


旅の途中、様々な出来事と景色、出会いがありました。

天気が悪いなど、困難を乗り越える勇気が必要な時もあり、
単独飛行の厳しさを再認識しました。

また明日から、しばらく飛行旅に出かけますので
これらの報告は、帰国後にでも、と考えています。


現在の心境は、


世界を知るには、人の一生では全く足りない・・
たとえ飛行機を使ったとしても。



私の師匠のような方に教えて頂いた
極北飛行旅の友として今回読んでいる本をお勧めしておきます。


極北 フラム号漂流記 フリッチョフ・ナンセン (加納一郎 訳)




素晴らしい探検記です。




太田 昌秀さんの訳が一番お勧めだそうですが、
アマゾンで値段がものすごく高いです(3万円以上!)
ちなみに私は、沢田洋太郎さんの訳本を読んでいます。

2010年6月12日土曜日

カリブー大群捜索日記(2)

5月23日 霧のため終日飛行できず


先日の着陸のあと、カビックは深い霧に包まれた。北極海から押し寄せてくるこの軽く湿った霧は、思ったよりしつこく日中の日差しでも、消えることはなかった。北極海沿岸の氷はどうなっているのだろうか。


午前中、スーザンにカビックの話などを聞く。

クマに襲われた話や、キャンプ近くに現れるリスやキツネとの交流、ホッキョクグマの話やキャンプ生活を守るための努力など、彼女の体験談は、非常に面白い。


話の途中、キャンプ小屋(実際には、非常に大きなかまぼこ形テント)からカリブーの群れが霧の中、数十頭歩いているのが見える。隣にあるコンテナの屋根の上から、双眼鏡で彼らの行動を眺める。すべてのカリブーは体毛がびしょぬれで、どうやら川を渡ったあとの姿らしい。


午後、歩いてカリブーを捜索するため、ウエイダーにフエルト底になったブーツを履く。スーザンに、銃を持ってゆくように強く勧められる。いわく「あなたは、グリズリーにとってフードなのだから」


まだ凍っている川岸を歩きつつ、双眼鏡でカリブーを探す。川岸を覆う雪は、まだ固くしまっているが所々は緩くなっており、太股まで埋まることがあり、歩くのに難儀する。


川は、所々流れがあったが、氷が張っている状態なので、川を渡ることを決意。しかし途中で良い景色であるところを歩きながら撮影していたら、突然氷が割れ、川の流れに胸まで浸水してしまう。川の水は非常に冷たい。脇にある氷につかまり、すぐに脱出。カビックキャンプへ戻る。装備やショットガンがびしょぬれになり、それを乾かすためにその日の行動は、すべてキャンセル。

9時までに帰ってくると言った私を見てスーザンは、してやったりと言うような顔で、「今日は、おとなしくしたほうがいいわ」と私にアドバイス。

夜、スーザンと夕食を食べながら、クマに襲われた話の詳細や他のクマと戦った話を聞く。
スーザンいわく「クマは、いつも私を狙っている だから生活は緊張感に満ちている」

クマがすぐに入ってくる可能性が高いソフト・テントで寝ている私は、44マグナムを護身用に追加(スーザンから借りて)して床についた。

カリブー大群捜索日記(1)

2010年5月22日 アナクトビック・パス→カビック

ノーススロープにあるカビックは、ここ一週間ほど霧で覆われており、飛行は困難と判断、5/21出発予定を1日遅らせて、天気の回復を待った。5/22朝の現況はまだ低い雲がたれ込んでいるが、現地のスーザンからの報告と衛星可視画像そして航空気象予報から、0900出発を決心。

1000頃、ブルックスの北の端にある
アナクトビック・パスを離陸、カビックまで飛ぶ。

途中、低い雲がノーススロープ一面を覆っていたが、東進するにつれ雲は切れてゆき、5月下旬だというのに、いまだ雪に覆われた真っ白な大地が出てくる。

ダルトンハイウェイを横切るころ、カビックへの到着を確信する。途中、カリブーの小群(10頭程度)の群れが移動するのを発見。

カビックまで、あと20マイルというところで、北極海から押し寄せてくる霧が出現、カビック到着できるかどうか、心配になってくる。ここで引き返しになったら、再度燃料補給のためブルックスを逆戻りしなければいけない。

1130:霧をぬいながら無事カビック到着。

滑走路は、吹きだまりと固い圧雪で覆われており、着陸と言うよりは、滑り込んだ という感じ。小さな雪山で、ハスキーが何度もバウンドした。滑走路には、10頭ぐらいのカリブーが横になっていたので、着陸前に追い払う必要があった。


ハスキーから降りると、
ひんやりとした空気が心地よい。


去年の12月から半年ぶりに人間を見たという
スーザンから強烈なハグを頂く。

2010年6月10日木曜日

極北の強風飛行


ブルックス山脈から、北極海まで平坦な地形が続く
南北の幅約500キロ、東西の長さ1500キロ以上のツンドラ平地は、
一端風が吹くと、しばらく止まらない怖さがあります。

カビックの滞在も後半戦に突入した頃、
数万頭のカリブーのいるノーススロープでは、
東北からの強風が吹き荒れる日が続くようになりました。

その強さは、25〜35ktで風には強弱の波:息(GUST)があり、
軽飛行機には非常に厳しい離着陸条件でした。

私のハスキーの横風制限は、13kt。
風の方向が、飛行場の横から吹くようになれば、
機体制限的には、あっという間に飛べない状態になります。


残りの撮影日数を数えながら、風が止むのを待ちつつ、
それでもギリギリのところでなんとか離陸できないかを模索します。

それで、なんとか飛べるような風になれば離陸するのですが、
風はいつも定常ではなく、

飛行が終わって着陸する時には、
また制限以上の横風が吹いていることが多々ありました。


滑走路に着陸するには、横風が強すぎる
かといって他の横風が弱い飛行場は周辺にない。


そんな時はどうするか。


こういう時は、カビックにあるランプ(飛行機を駐機する場所)に無理矢理着陸します。
具体的には、駐機場の最大距離を稼げる対角線を使って、風と正対するように(横風成分がなくなるように)
方向を変えて着陸するのですが、この駐機場の距離はたったの30mぐらいしかありません。

しかも駐機場をちょっとはみ出すと、ツンドラの荒れ地になり(そこまで50m)
さらにそれを越すと沼が待ち構えています。

さすがに本来着陸する場所ではない、ところに降りようとするので、
カビックの管理人であるスーザンの了解を取っておく必要があります。


「スーザン、横風がイヤだからランプに着陸してもよい?」

「ええ、あなたが出来ると思うなら、おやりなさい。でも何かあってもそれはあなた自身の責任よ」

「OK、自分自身の責任でやるよ」


アメリカでは、なにかいつもと違う、危険なことをする場合によく、

Take your own risk

と言う言葉が、出てきます。


リスキーなことを行うことも、
その責任を自分で負うことも、
それが個人の自由に任されている
この国に住んでいる人の考え方が、私は結構好きです。


着陸は、ギリギリの接地を狙って地面にたたきつけるような感じでした。
大きなバウンドはしましたが、その後、強烈なブレーキと正対する強風のおかげで、
30mの駐機場で何とか停止しました。
この間の着陸操作には、着陸続行か中止か瞬時の判断と、
微妙なバランスの操縦桿とブレーキ操作が必要になってきます。


狭い場所で着陸する場合、
着陸は、本当にかっこ悪いものですが、
それでも飛行機を壊さず、人がケガをしなければ、
それはそれで、きっとよい着陸なのだと思っています。


安全、安全とやたらにうるさい世の中ですが、
安全性を高めるための技術や経験は、

ある程度の危険の中に自ら立ち入らねば得られない

と言うことを改めて実感した次第です。

2010年6月3日木曜日

ブッシュランディング(後編)

カニング川の河原に降りたち、一泊する


カビックが、深い霧に包まれて着陸出来る状態ではなく、
また他に着陸出来る飛行場は近くにない今、

飛行場ではない、どこかの大地

に着陸しなければいけないのは、当然のことであった。


降りようと考えているカニング川の河原は、
ちょうどツンドラと川の境界になっているような場所で
長さ約100m、幅15mの着陸場所としては良さそうな雰囲気だった。


ひとまずフラップを着陸態勢の位置まで下げて、
河原の上をローパスしてみる。

河原を形成する砂利は、大きなものが多く
路面は、あまりフラットではなさそうだ。

パワーを足して、左上昇旋回をしながら河原を振り返りつつ、
着陸をするかどうかの判断をする。

ふと後席を横目で見つつカメラマンの西さんの表情をのぞくが、
いたって平静な様子で安心する、西さんは撮影現場で、
こういう体験をかなりしてきているのだな、と思った。


最終アプローチで、パワーを絞りつつ
着陸場所の河原を注視する。
大きな石、地面の穴、背の高い木がないかを
最終チェックしつつ、パワーをアイドルにして速度を殺す。

地面に接地時、出来るだけ速度が少ない方が
着陸時の停止距離が短くなるので、ここが肝心なところだ。

接地間際は速度を殺すために
機体のピッチを上げるので前方が見にくくなるのを補うため、
スムーズに注意視線方向を周辺に移行し、
地面との距離感覚をキープし続ける。


地面とタイヤがインパクトする瞬間、
比較的大きな石に当たる感覚があった。
機体が、若干上下する。

スロットルをいつでも全開に出来るように
左手が、少しこわばるのが分かる。

まだ、いけるか・・

様子見にブレーキをかけつつ、
前方視界を確保するために、操縦桿を前に若干倒す。

プロペラの向こうには、
想像以上に大きな凸凹がある河原に、少し驚きつつ、
このまま着陸を継続することにした。

機体は、地面の大きな凹凸で激しく上下する。
そのたびにブレーキと操縦桿のピッチコントロールで
プロペラと尾輪を地面の衝突から守る。

感じとしては、自分の真下にある2つの主輪だけで、
うまくバウンドして衝撃を吸収する

といったところだろうか。

最後の大きなバウンドが終わったところで、
ハスキーは無事、河原の範囲内で止まった。

着陸停止距離は、60mぐらいだろうか。

意外に震動の大きい着陸だったが、
無事着陸できたことに軽く安堵した。


ブッシュランディングは、
意味もなくやる必要はないが、
それが必要な時には、
確実に安全に出来なければいけない。

それがなければ、アラスカの辺境で飛ぶのは難しいだろう。


着陸後は、
ハスキーの翼の下に黄色いテントを張り
天候が回復するまでの間、
西さんと二人で薪を集めて、たき火を楽しんだ。


霧の中のキャンプで、
そばを流れる川水の音とパチッと燃える
乾いた焚き火の音だけの世界が、
目の前で燃える炎を際立たせていた。

2010年6月2日水曜日

ブッシュランディング(前編)

晴天のカビック






ブルックス山脈の北、
北極海との間に挟まれた緩い北向きの大斜面を
現在、カリブーの大群を探しながら飛行しています。

このノーススロープと言われる大ツンドラ地帯は、
南北に200キロ、東西には約1000キロも伸びる大きさで、
私の飛行機であっても、かなり大きい捜索エリアです。
(本州、四国、九州を足した大きさぐらいでしょうか)


今回の滞在は、

ノーススロープのどこかに集合するであろう、カリブーの大群を探す


のが目的です。


ノーススロープの東半分に的を絞って飛行しているのですが、
それでも広大なエリアを探し回るのは、かなり大変なことです。


現在、探せているのは、
「カリブーの小集団」ぐらいでしょうか。


そんな捜索の中、昨日
こんなことがありました。


ビデオカメラマンの西さんと
カビックから200キロ以上離れた場所まで、
カリブー捜索に行きました。


そこは往復で3時間かかる場所で、
私の飛行機の搭載可能燃料は、約6時間。

残りの燃料の余裕を考えると、
現地では2時間ほどしか捜索できません。


離陸時のカビックは北方向に海霧が迫っている状態でしたが、
そんなことはお構いなしに、東へ飛び立ち捜索へと向かいました。


若干の雨模様での飛行でしたが、
誰もいないブルックス山脈の北麓は何回飛んでも
リアルなのか夢物語なのか分からない景色であり、
それは伝えようのない、箱庭の造形美です。

谷を越え、大河を越え、広い丘陵地帯を
長時間俯瞰していると、
ノーススロープ東側の地形と
カリブー小集団の行動パターンが何となく分かってきました。

しかし

カリブー捜索は2時間を超え、そろそろカビックへ
戻らなくてはいけません。

まだ小集団にしか出会えず、
納得のいく映像が撮れていない西さんと私ですが、
安全上、仕方なく
後ろ髪を引かれるような思いで、
針路を西へ帰路飛行に戻ります。

残りの燃料は、2時間分。

その後、何事もなくカビック目前まで飛行、
目の前のカニング川を越えれば、
スーザンのおいしい夕食が待つカビックが近づいてきます。


しかしそこで、、ぶ厚い霧雲が、目の前に現れました。

いろいろと飛行機を大きく旋回・上昇・降下させ、
カビックに繋がる雲のトンネルや、経路を探しますが、
地上は全く見えない様子。

ラジオで伝えてくれるスーザンの地上天気情報も
霧が濃く相当悪いらしい。


これでは、カビックに着陸できないな・・・


頭の中で、ひそかに
ブッシュランディングの決心を下しつつある私、


アラスカ辺境の地で飛行する場合は、
必ずしもきちんと整備した飛行場に降りられるとは限りません。

目的の飛行場の天気が急変した場合、
通常であれば別の飛行場へ向かうのがセオリーですが、
ここアラスカでは、その代替飛行場がはるか遠かったり、
もしくはその飛行場も天気が悪い、ということがよくあります。


そんな時は、最初から飛ぶな


というと言うのが、法的な解釈ですが、
ここは辺境の地であり、
必ずしもそんなことはなく・・・

アラスカ辺境の地を飛行をするのであれば、
その辺の勇気と知恵は持ち合わせなければいけません。


では、

どこにも着陸出来る飛行場がないときは、どうするのか。


そのときは、そのへんのアラスカの大地に降りるのです。
それがブッシュパイロット。


カビックから針路を反転、東へ向け、
カニング川の流域に着陸場所を探します。


春の雪解けシーズンなので、
ツンドラはドロドロな状態、

しかも、腹を空かせたグリズリーが
待っている可能性もある。

降りるなら、比較的安全確保が可能な河原しかないか、、

カニング川は、いまだ氷が張っている状態で
春の河原は、雪解けの影響で荒れている場所だけ、、、

北風が強く、、東西には着陸帯をとれないな、、



整備された飛行場ではなく、
まったくの原野に着陸するブッシュランディング。

様々な情報を着陸前に確認し、
それを総合的に判断して、
着陸の決心をしなければいけません。

それに、最も大事なことは、
後席の乗員を心配させないこと。

すべての情報収集と決心は、無言のまま、
時には軽い冗談を交えながら、後席をリラックスさせつつ
行わなければいけない。

後席の西さんと

「日本だったら、代替飛行場に飲み屋街があれば、
ちょっと繰り出す楽しみがあるんですけどねぇ、ここは原野ですから・・」

なんて冗談を言いながら、フラップを下げて着陸態勢に入る。
西さんは非常に落ち着いている様子だ。

燃料が限られているので、
悩む暇もないまま、カニング川の河原で
距離は100mほどの、良さそうな場所へ進入を開始した。


見た目上は、悪くない河原だが幅は狭い。
果たして無事に降りられるだろうか。



つづく

2010年5月31日月曜日

フラックスマン島

北極海という名の氷原を飛びながら、
航空地図を眺める。

氷が一帯を覆うハッキリしない地形では、
地図だけが周辺になにがあるかを教えてくれる。

ふと細長い地形である島の名前を見てみると、

Flaxman Island

と書いてある場所があった。


フラックスマン島・・・聞いたことがある。


たしかフランク安田が、ここで住んでいたはず。

もしかして、
まだその当時の家はあるのだろうか?


早速、北極海を西進しフラックスマン島を目指してみる。




フラックスマン島はポリゴンで形成され、
あまり見たことのない雰囲気だ。

しかし、島には霧が立ちこめて
建造物があるかどうかは、なかなか確認できない。

何回も島の周りを飛び続け、
霧の切れ間からフランク安田が住んでいたであろう家を探す。

しかしながら霧が濃く、なかなか発見できない。
何回も島の周りを旋回しているのだが・・

ほぼあきらめかけた時、霧が少し晴れてきて、
廃屋のような建造物が出てきた。




屋根が吹き飛び、ひどい状態だが
家らしきものは、確かにそこにあった。


北極海沿岸部らしい濃い霧の中、
ひとつ、日本人の痕跡を見つけられた喜びを感じる。


そしてひとり飛びながら、
変化と移動に富んだ運命の中、
フラックスマン島に一時、
住んだフランク安田のことを思いつつ、


移動は我々の本質であり、
移動そのものに意味があるのではないか


などと思ってしまう。



流れず澱んだ水に価値がないのと同じで、
我々は少なくとも、
現時点で移動と連続的な思考をやめてしまったら、そこでアウトだ。



その後、北極海の霧はさらに濃くなり、
私は逃げるように針路を南へ、
スーザンの待つカビックへと戻った。

2010年5月29日土曜日

北極海へ


北極海まで45分ぐらいの場所にいる私は、
ちょっとそこまで、の感覚で

Arctic Sea

を見に飛んできました。


地図を見ながら、
真北を進み北極海を探します。

しかし、このまま進めば、
北極海が前方に見えるはずなのに
海と陸の境界線であるはずの海岸線はどこにもない。


コンパスがおかしいのだろうか??

操縦席でひとり、よくよく考えてみると、
目の前にあるはずの海の上には、
海氷が視界の限りを埋め尽くし、

操縦席の向こうは、限りなく広がる氷原・・・


まだこの時期でも、北極海は氷に覆われ、
景色は、壮大な冬なのです。


フェアバンクスは、真夏日が続く毎日という話なのに
この違いったら、いったい・・・・どういうことなのだろうか。


果てしなく続く海氷の上を
ずっと飛び続け、北極点まで行きたくなる衝動を抑えて
海岸線をしばし、物思いにふけりながら飛んでおりました。

2010年5月27日木曜日

ブッシュパイロット・ママ



私は、ノーススロープを飛ぶブッシュパイロットたちの
お母さんのようなものよ。

誰がどこでいつ飛んでいるのか、いつ戻ってくるのか、
いつも掌握しているの。
特に夏は、沢山の数のパイロットが来るから、
そのすべてのリストを作って
誰がどこに行っていつ戻ってくるのか、必ず聞いているわ。

たまに濃い霧のときに、燃料がなくなって迷ってしまったパイロットが
川を頼りにふらふらと朝3時ぐらいにカビックへ降りてくることがあるのよ。

そのときは私も起きて、
コーヒーを入れてあげて即席ピザを食べさせて
ゆっくりと休ませてあげるの。


ロジャー・ケイというブッシュパイロットは、
本当にこの場所が気に入って
いつもここに給油ついでにコーヒーをのみに来るわ。

彼は、とある晴天の日ここにやってきて、

「スーザン、もう今日は飛びたくないから、霧を作ってくれ」

って私に言うの。

霧の日は、無線機の調子も悪くなることを知っているから、
私は、デッドホースにある彼のボスのいるオフィスにわざと雑音を作って

「こちら、、ザーッ(わざと雑音を作る)、カビッ(ザー・・・)ク、
海霧が(ザーッ)・・・飛べない気象状態(ここだけはハッキリと言う(笑))」

と無線で、霧を作ってあげたわ。

もう飛ばなくて良いと安心したロジャーは、晴天のなか愛用の椅子を外に持ってゆき、
のんびりと大好きなスコッチを傾けながら、ツンドラを眺めてリラックスしていたわ。
ロジャーは、それはもう幸せそうだった。

私はそれ以来、
食事やコーヒーの他にも、霧だって作ってあげちゃうの。



でもある日、こんなことがあった。

いつか、2人の大人と子供が飛行機でここへやってきた。
一組は親子で、その親の友人が一緒と言うことだった。

私は握手して挨拶したあと、
彼らが燃料が欲しいというから燃料を入れてあげて、
サンドイッチを作ってあげた。


彼らはシープハンティングに行くというので、
どこにいくの?いつ帰ってくるの?
と聞いたわ。

すると、

「2,3日後に戻ってくるよ、場所はだいたい・・・」

とはっきりしない答えが返ってきた。

あるハンターは、シープのいる場所を秘密にしているから
それも仕方ないかと思って、そのまま聞き流したの。
ただここに戻ってくると言うことだけはきちんと確認した。

その後、その親子と友人は、
シープハンティングへブルックス山脈へ飛んでいった。

それから、数日後、
この周辺は、とても悪い天気になったの。

飛行機が飛べるような天気ではなく、
州警察からあの親子の飛行機ナンバーの確認の電話がかかってきたわ。
でも、親子は場所を私に正確に教えてくれなかったから、
どこにいるのか分からなかった。
彼らは戻ってきていないのでまだ山脈のどこかにいる、とだけ伝えた。

私はきっと、あの親子が山の中で天気が悪くなって離陸できず
連絡がつかなくなっているのだと思ったわ。

その後、どうしようも出来ない数日を過ごしたあと、
その親子の子供だけが10日後に救出された、という連絡を聞いた。

話を詳しく聞くと、
大人二人でシープの場所を見るために山脈を飛んでくるから、
子供は待つようにと言われたそうだ。
しかし、それからずーっと父親とその友人が乗った飛行機は
戻ってこなかった。

ひとりでキャンプ地に残された子供は、
心配になったがどうすることも出来きず、ただクマの恐怖と戦っていた。

父親たちが帰ってこない不安の中、
それからしばらくして子供は、地上に石を置いて
「HELP」という救出して欲しい旨の文字を作って、待ち続けた。

すると10日後に救助が訪れた。

そしてあとで分かったことだが、父親と友人が乗った飛行機は、
どこかの山で墜落してしまったということだった。


スーザンは言う。

ハンティングをしたり、飛行機を飛ばしたり、
そういうことをするだけでも、アラスカは本当にハードな場所なの。

だから私は、ここを自分の家のようにして
戻ってきて欲しいし、いつも無事を願っているわ。
でもいつも願うことしかできない。

だからあなたも、いつも安全を最優先に飛ぶのよ。
飛行機は壊したっていい、どれだけお金を使ったっていい、
ツンドラだって踏みつぶしたっていい。
でも自分は生き残るというシンプルなことだけは絶対に
おろそかにしないで。

それが、ここの唯一のルールなのよ。

2010年5月26日水曜日

カリブーの徒渉



飛行機の整備をして戻ってくると
スーザンさんが、キャンプにあるコンテナの屋根に登って
何か見ている。

「川の方を見て! カリブーが川を渡りはじめたわ」


カリブーが数十頭、二日前に解氷した
目の前の川を渡りはじめている。

ここ数日で気温が上がり、
いままで氷結していた川が割れて流れが戻ってきたので、
カリブーは体を濡らして川を渡らなければならなくなった。

大きな個体である大人のカリブーは、
多少立ち止まったあと、なんなく川を渡ってしまうが
去年生まれたばかりの
まだ体の小さいカリブーは、
冷たい流れの中に入るのを嫌がっている様子だ。


「よく見て。しっぽが上を向いて跳ねるように歩いているカリブーは、
迷って困って誰かに助けてもらいたいのよ」


なるほど、どんどん先に行ってしまう大人たちに
助けを請うような表情でウロウロしつつ、
入水を躊躇している小さなカリブーの仕草が、手に取るように分かる。


結局、群れの最後に小さなカリブーが2頭
川の中州に残されてしまった。


「がんばれ、頑張って川を渡らないと
グリズリーかオオカミに食べられちゃうぞ」

スーザンさんが、カリブー2頭に檄を飛ばしている。

そして彼女は私にこう話した。


「以前も、こういう状況があってどうしても川を渡れないカリブーがいたの。そのとき私は、何とか渡れるようにしてあげようと思った、でも、それは自然の掟を曲げてしまうようなことだから、結局できなかったの」

「目の前のカリブーは結局、川を渡れずにそこで死んだわ。私は泣きながら、そのカリブーを動かして下流へ流した。そのままキャンプ近くにカリブーの死骸をおいておけば、今度は私がグリズリーに殺されるかもしれないから・・」



残った2匹のうち、少し体の大きいカリブーが、
川を渡りきった。前進ずぶ濡れで、ずいぶん寒そうだ。


「そうだ、残ったバンビちゃんも頑張れ!」

スーザンさんが叫んだあとこう言った。

「そう、、自然がNoといえば動物たちはそれまでだわ、だからね・・」



その後、最後のバンビは5分ぐらいウロウロしたあと、
なんとか川を渡りきった。やせ細った小さい体が、
さらに濡れて体毛がペシャンコになり、ずいぶん貧弱な姿になったが、
川を渡った興奮からか、いきなり凄いスピードで走り出し、
母親がいると思われる集団に戻っていった。

そういえば去年も同じように川を渡ったあと、
狂ったように走り出すバンビが、
夏のイビシャック川にいたことを思い出した。

生命の危機を克服してハイテンションになったのだろうか。
であれば、成長の過程における熱狂と死は隣り合わせということになる。


遠く霞んで見える海霧を背景に走る濡れたカリブーが、
シルエットになる光景を双眼鏡で見ていると、
なんだか自分が地球の映画を見ているような気がして
ちょっとそのことをスーザンさんに話してみた。


「この場所は自分の心を映す世界よ。
動物の行動や仕草は、私たちがそこにいなくても
刻々と起こっていることだけれど、やはりそれを見ている
自分の目や心がないと、その風景は存在しないわ」

「だから、目の前の風景は誰かが作った映画なんかではなく
自分そのものであるとも言えるわ、
だって今の自分の行動を選んだのは、自分でしょ?」


スーザンさんと話しながら、
目の前の恐ろしく美しい風景を見ていると


「こういうことを伝える仕事があってもいいか」

という気持ちになる。

少なくとも世界を見て知ろうとしていれば、
自分の仕事は存在し続けるだろうと思う。



以上、カビック滞在4日目の出来事でした。

2010年5月24日月曜日

カビックのスーザン


北緯70度(正確にはN69.40)のカビックキャンプでは、
スーザンさんという管理人(というか唯一の住人)が
1人でお客さんを切り盛りしています。

しかしながら冬は誰も来ない場所でもあり、
私は去年の12月から約半年ぶりに出会う人間だそうで
それはもう歓迎してくれました。

一緒に食事をしながら、いろいろとお話を聞きました。

このスーザンさん、7年前からこのキャンプの管理をしているそうです。

6月から8月までは、
ブッシュパイロットが連れてくるお客さんのお世話で忙しく、
その他のシーズンは、それなりにキャンプの維持をしながら、
自然を楽しんでいる様子です。

私のテントの前で誰かと話している
スーさん(スーザンのニックネーム)、

マージさん

この北極ジリスが友達であるらしく

「マージ、マージ!」

とお話しをしていました。

そのほかにもキツネやフィレットの類も友達であるらしく
盛んに声をかけていました。

まるで北の国からの螢ちゃんのようですが、
現実のアラスカはそう甘いものではありません。

スーさんは2年前、川で取水ポンプの作業をしている時に
グリズリーに襲われた時の話をしてくれました。




キャンプから数十メートルにある川から
取水ポンプを外す作業をしていた時、
突然見えない場所から、グリズリーが襲ってきたの。

そのときは、銃を持って行っていたのだけれど
側に置いて作業をしていたから、間に合わなかった。


まず後頭部を咬まれて、(後頭部の傷を触らせてもらう・・・)
そのあと、お尻を叩かれたの。

そのとき私は、

「このクマは、この場所を自分のテリトリーにしたいだけなんだ」

と思って、死んだふりをしたの。

するとグリズリーは、私を転がして
私が無抵抗であることを試したわ。

こういう時は、抵抗したり力を加えたりすると
相手がそれに気が付いて、やられてしまうから
じっと我慢するのよ。

グリズリーは人間を食べに来ているのではなく、
自分のテリトリーであることを証明したいだけなんだから。

その後、2〜30分グリズリーは私を転がしたけど、
そのうち、いなくなったわ。

すでに歩けなく出血していた私は、キャンプまでの距離を
這って戻って、電話で助けを呼んだの。

しかし、その後パイロットの助けが来たのは、10日後。
その間、私はずーっと1人でこのキャンプで
耐えていなくてはいけなかったの・・・・

結局、フェアバンクス経由でシアトルまで戻って
手当を受けたわ。




現在も元気に働くスーさんだが、
クマへの警戒心は、非常に強い。

テント内には、銃が5丁ほどあり
すべてがロードされている(弾がこめられている)状態だ。

「外に出る時は、いつも周囲を警戒すること」

「まずは、周囲をみること、それから動き出して」

「音にも十分注意して行動して」


北海道でも、最近ヒグマに襲われた方の
ニュースがありましたが、

自然の中では、人間は本当に弱いものである

と実感している次第です。
前回の更新から2日後、 
北極海へと続くノーススロープの
とあるキャンプ地へたどり着きました。




 
北緯は約70度、ハスキーは冬の運用を強いられ、 
まだまだ雪が残っている不思議な場所です。  

http://share.findmespot.com/shared/faces/viewspots.jsp?glId=03RdL8g1LFQh5r7jIincEGfgYlpAcB88m 
私の飛行軌跡は場所はこちらで確認できます。  

ブルックス山脈の中にある村から 
ノーススロープのカビックを目指したわけですが、 
アラスカ気象通報によると 北極海沿岸部は、
ここ数週間ずーっと海霧の覆われており、 
限られた燃料でどのようにして飛行判断を下すか、 
非常に難しいところでした。

 




衛星画像などを確認しつつ 海霧のラインを見極めて離陸しましたが、 
ノーススロープを飛んでいる時間は、気が気でなかったです。  
しかしながらそんな怖れのなかでも、 
飛べど進めど何もない極北の大雪原に 
地球上のすべてがあるような錯覚が支配して 
心の中は豊かなもので満たされていました。  

 
飛行中、カリブーの群れがいたるところで確認できました。







これから数週間滞在するキャンプ地は、 
テントやコンテナハウスが建ち並ぶ 
まるで南極の越冬基地のようなところです。 
(テレビでしか見たことはありませんが)
 




周囲をぱっと見渡すと、  
カリブー、ライチョウ、ガン、北極ジリス・・・  
がキャンプ周辺で見られます。  




グリズリー、オオカミなんかも 
これから現れるそうです。 




私は動物写真家ではない、なんて言っておられず、 
外に出る時は常にカメラと双眼鏡を持ち歩いています。  




このキャンプ地は、 
動物好き、自然好きな人にとって 
いわば天国のような場所であり、 
まさに極北の夢を目の当たりにしているよう・・・




p.s. きちんとネットができるところがまた凄いなと思う次第です。 
明日からカリブーの調査飛行をしようと思っています。



2010年5月20日木曜日

ブリザードの北極圏へ

本日は、カメラクルーを乗せてフェアバンクス近郊を
テストフライトしました。 晴天が続くフェアバンクスでは、 さっそく山火事が! 写真家の前川貴行さんと撮影テストをかねて 山火事現場まで飛んできました。 発見した昨日に比べて鎮火しているものの まだ炎は、しっかりと上がっており、 この段階で消さないと広がるばかりのような気がします。 別の数マイル離れた場所でも煙が立ちこめていて、 今のところ、フェアバンクス空港の南18マイルに合計2カ所の山火事です。 山火事自体は、どうしようもない自然現象ですが うーん、、、とにかく、今年のフェアバンクスも 昨年に続いて厳しいフライトになりそうです。 これは昨年の7月、ユーコン川側の大規模山火事 (今年のは、まだ小さいです) ところで! いよいよ明日から、北極圏へ進出します。 明日は、アナクトビックパスへいき、クルーと集合。 夕方以降のブルックスレンジを撮影します。 明後日は、ノーススロープへ突入し、 カリブーの大群を探しつつキャンプ地へ向かいます。 それで事前に キャンプ地の映像を入手したのですが・・・



こんな感じで、カリブーが雪の中に佇んでいます。 吹雪で、天気悪くブリザード状態だそう・・・ 今年は、雪解けが異常に遅く変な年だそうです。 大丈夫だろうか? Tシャツ姿のフェアバンクスから、 急に冬に逆戻りです。 とにかく行かねばならないので、いってきます!