2011年8月30日火曜日
カリブー猟の季節
カリブー
北海道は、かなり涼しくなってきました。夜は完全に窓を閉めてお休みしなければ、風邪をひきそうです。この時期のアラスカを思い出すとオーロラ・・・と言われそうですが、私的には断然、狩猟の季節でしょう。そう私はあまりオーロラに興味がなく(いや綺麗なので好きですけど獲って食べたりできないものなので普通に好きぐらい)、それ以上に狩猟が好きなので
す。ですから写真もオーロラは極端に少ないです。オーロラ撮影のチャンスは沢山あったのですが、夜はアラスカンアンバー飲んで寝てしまうのでダメです。それにオーロラに情熱を注ぐ日本人カメラマンはとーっても沢山いるので、私はそういうのやらないんです。ニセコにもいますね、ラフティングのガイドだけは絶対にやらないというローカル・カヤッカーが、、それと同じかな?
凄いオーロラの写真を撮る友人がフェアバンクスに住んでいて、その人の作品を見ているとやっぱりそういう写真は、地元の人間が撮るべきなんだ、、、と思うわけ。だって毎日見ている景色だからこそ、分かることってあるじゃない、と思うんです。
その点、私の空撮は完全にジプシー写真。移動することでしか得られない視点だから、旅を続けている時こそ撮るべきだと思った。飛行中は無限の視点が手に入るし旅の情緒感と飛行の緊張感と高揚感は格別なものだから、そういう時の撮影ってグッとくる。
話がそれちゃったけど8月のアラスカはカリブー猟のシーズン。ベルベットで覆われた芸術品を頭に二本生やした発情前のオスは素晴らしい毛並みと威厳ある風格であり、見るものを荘厳な世界へと導く力を持っています。二年前にノーススロープで見て撃って解体したカリブーのベルベットの感触は一生忘れない。
写真は、アナクトブック・パス村で村を歩いていた時に、とある家の一角に積み上げられていたカリブーのツノたち。村を歩くだけで、村人(アナクトブックパス村の住人はエスキモー)の食料であるカリブーの存在を感じるわけです。
2011年8月22日月曜日
アラスカのアザラシたち
昨年の7月中旬、濃霧で有名なアラスカのBristol bay(ブリストル湾)沿岸を飛行してた時です。夕方、太陽からの熱量が弱まると同時に、海岸線には大変な量の濃霧が覆い始め、私の飛行機は行く手を阻まれつつありました。
「あぁ、、またダメか・・」
と半ばあきらめつつ霧の中に飛び込まないよう超低空を飛行していました。「またダメか」というのは、アラスカ半島の南側にあるPort Heiden(ポート・ヘイデン)へのアタックが、これで2回目だったからです。
すると、目の前にカツオブシの大群が転がっているではありませんか!
霧のすぐ下をかすめるように超低空で飛行していたにもかかわらず、私はカメラを操縦席の床からすぐに取り出して左手で片手操縦、もう片方の手でカメラ自分の左肩に乗せて安定させつつ、シャッターを切りました。
ラダーを微妙に操作しながら両手両足を駆使しての撮影は、いまでもその興奮を覚えています。
写真を拡大すると、こちらを見てくれているのですね。
このアザラシさんたち。
アラスカでの飛行旅で出会った印象的なシーンは、
たいがいの人生と同じで、
苦しかったり厳しいときが多いのです。
結局、この日もPortHedenへの到達はできませんでしたが、
次のアタックで無事に到達することができました。
アラスカの空はとことん厳しい
そのことを思い出すアザラシ君達の写真でした。
2011年8月13日土曜日
北緯70°は美しかった
お盆といえば・・
二年前の北緯70°の完全なる野生の地にハスキーで降り立ち
行ったカリブーハンティングの情景を思い出してしまった。
あのシーンは、身震いするほど美しかった。
北極海に注ぎ込む川、翼、テント・・そして少しのウイスキー。
完璧に閉じた世界として、
我々、オトコのこころは満たされるのだ。
2009年7月16日木曜日
フェアバンクス到着
7/14午後
アンカレッジから、ジェット機でフェアバンクスへ。
アラスカでは滅多に旅客機に乗らないので
高いところから見るアラスカの風景が珍しい。
ハスキーで飛んでいる景色の
8倍ぐらいの高度で景色を見るのだけれど、
やっぱりアラスカの淡い景色には、とても感動する。
空中からの景色はそうとう見慣れていて
珍しくないはずなのになんでだろう、
やっぱりこの景色だけで
アラスカに住みたいという決意が沸々と出てくる、
これがアラスカの末恐ろしい魅力なんだろうか。
早く飛びたい、
日常的に飛行機のそばに住んでいたい、という思いが募る。
アラスカ山脈を越えてネナナに出ると、小さな山火事が二つ。
その後、どんどん視程が悪くなって地面は全く見えない。
高度を降ろしている状態でこれだから、
かなり飛行場も視程が悪いのだろう、
パイロットは、視程1マイルとアナウンスしている。
案の定、視程が悪いので着陸がIFRになり
飛行場が混んでいる模様、
15分ほどのホールディングをしている、
窓の外はミルクの中のような景色。
3年前、一人でアンカレッジに来たときに遭遇した
ネナナの山火事を思い出した。
山火事は、アラスカ内陸部の風物詩みたいなものだろう。
その後、着陸、アラスカを一緒に飛びまくって撮影をしてくれた
相棒カジ君が迎えにきてくれる、
カジ君は変わらず元気そうでなにより、
再開できたことがとても嬉しい。
ひとまず制作したDVDを一緒に見てもらいながら、
昨年の厳しい極北フライトを二人で回顧。
「このシーンは大変だったよなぁ、、、」
とかいいながら意気投合、
本当にこの映像をDVDとして世に出せて良かったと思った。
DVD「アラスカ極北飛行」は、かなり厳しい撮影フライトの
集大成だったりするんです。
カジ君とは、今年も一緒に飛ぶ予定、楽しみだ。
Nさんの家に戻って、リラックスさせて貰いながら時差ぼけを回復。
お世話してくれる人がいるというのは、本当に幸せです。
翌日、ハスキーのおいてあるハンガーへ、
ハスキーは左のタイヤの空気が抜けていて、
パンクか?やばいなぁ、、、と
思ったけれど近くの整備士の方に
空気入れを借りて何とか対処、大丈夫そうだ。
これから年整備と保険の加入、
などなど飛ぶための準備とお金の支払いで
時間がかかるのだけれど、
ひとまずハスキーは元気そうだったので安心、
ハンガーにたたずんでいるハスキーを見ながら、
なんとかこの飛行機をずーっと飛ばし続けたいものだと
将来のことについてしばし考えてしまう。
やはり自分はパイロットなのだ、そして飛んでなんぼ。
いろんな方々の手助けで、現実の困難をなんとか乗り越えて、
いままで何とか飛んできたけれど、
そろそろ具体的に事を進めなければ・・・先はない。
とかなんとかいいつつ、もちろん具体策は何もなく
今年もただただ飛ぶのみです。
「好きなことやっていれば、なんとかなるさ・・・」
(→自著の最後の台詞)
ああ、なんと刹那的な生き方、今年も飛んできます。
アンカレッジから、ジェット機でフェアバンクスへ。
アラスカでは滅多に旅客機に乗らないので
高いところから見るアラスカの風景が珍しい。
ハスキーで飛んでいる景色の
8倍ぐらいの高度で景色を見るのだけれど、
やっぱりアラスカの淡い景色には、とても感動する。
空中からの景色はそうとう見慣れていて
珍しくないはずなのになんでだろう、
やっぱりこの景色だけで
アラスカに住みたいという決意が沸々と出てくる、
これがアラスカの末恐ろしい魅力なんだろうか。
早く飛びたい、
日常的に飛行機のそばに住んでいたい、という思いが募る。
アラスカ山脈を越えてネナナに出ると、小さな山火事が二つ。
その後、どんどん視程が悪くなって地面は全く見えない。
高度を降ろしている状態でこれだから、
かなり飛行場も視程が悪いのだろう、
パイロットは、視程1マイルとアナウンスしている。
案の定、視程が悪いので着陸がIFRになり
飛行場が混んでいる模様、
15分ほどのホールディングをしている、
窓の外はミルクの中のような景色。
3年前、一人でアンカレッジに来たときに遭遇した
ネナナの山火事を思い出した。
山火事は、アラスカ内陸部の風物詩みたいなものだろう。
その後、着陸、アラスカを一緒に飛びまくって撮影をしてくれた
相棒カジ君が迎えにきてくれる、
カジ君は変わらず元気そうでなにより、
再開できたことがとても嬉しい。
ひとまず制作したDVDを一緒に見てもらいながら、
昨年の厳しい極北フライトを二人で回顧。
「このシーンは大変だったよなぁ、、、」
とかいいながら意気投合、
本当にこの映像をDVDとして世に出せて良かったと思った。
DVD「アラスカ極北飛行」は、かなり厳しい撮影フライトの
集大成だったりするんです。
カジ君とは、今年も一緒に飛ぶ予定、楽しみだ。
Nさんの家に戻って、リラックスさせて貰いながら時差ぼけを回復。
お世話してくれる人がいるというのは、本当に幸せです。
翌日、ハスキーのおいてあるハンガーへ、
ハスキーは左のタイヤの空気が抜けていて、
パンクか?やばいなぁ、、、と
思ったけれど近くの整備士の方に
空気入れを借りて何とか対処、大丈夫そうだ。
これから年整備と保険の加入、
などなど飛ぶための準備とお金の支払いで
時間がかかるのだけれど、
ひとまずハスキーは元気そうだったので安心、
ハンガーにたたずんでいるハスキーを見ながら、
なんとかこの飛行機をずーっと飛ばし続けたいものだと
将来のことについてしばし考えてしまう。
やはり自分はパイロットなのだ、そして飛んでなんぼ。
いろんな方々の手助けで、現実の困難をなんとか乗り越えて、
いままで何とか飛んできたけれど、
そろそろ具体的に事を進めなければ・・・先はない。
とかなんとかいいつつ、もちろん具体策は何もなく
今年もただただ飛ぶのみです。
「好きなことやっていれば、なんとかなるさ・・・」
(→自著の最後の台詞)
ああ、なんと刹那的な生き方、今年も飛んできます。
2008年9月9日火曜日
渡鳥的夜間飛行
.jpg)
一年ぶりに夜間飛行しました。
怖いか?ってよく聞かれます。
そういわれれば、怖いかも知れない。
飛行場のハスキーの傍らでオーロラが出るのを待っている夜中の10時頃、
鳥の群れが数十羽、ハスキーと自分の上を渡り鳥していきました。
彼らが飛行場の近くにある 「渡り鳥休憩所」を離陸したばかりの群れだと仮定すれば
(たぶん編隊が乱れまくっていたのでそうに違いない)は、
なぜ長い旅の最初が夜なのだろうか?
という不思議な疑問が湧きます。
夜に出発する理由はなんなのか?
それは僕が一年に数回しかアラスカの夜を飛ばないのと似ているような気がして
なんだか彼らとは共通の感覚があるのかもしれない・・なんて勝手に思いながら
ダウンジャケットを羽織りつつ、オーロラを待ちながら
ひとり北の空をじーっと眺めるのでした。
その後、フェアバンクスの北の丘でオーロラ鑑賞ガイドをしている友人から
「オーロラが出ましたよ」との報告が携帯にあり、早速夜間離陸。
フェアバンクス北20海里、上空3500フィート、薄雲、乱流無、オーロラ少々。
報告ほどでもないオーロラの夜空を、ひとりぼっちで夜間飛行。
光がほとんど存在しないフェアバンクスの北。
感覚としての全周は、上も下も、左も右も、斜めも、反対側の斜めもなくなり
唯一判断できるのは、飛行機の計器と
ちらりと後ろを見たときに感じるオレンジ色に輝く フェアバンクスの街灯りだけです。
ああ、フェアバンクス
夜間飛行の最中、 あの暗夜の夜景が漆黒の恐怖に浮かぶ母の家に思えて
早く、本当に、安心できるあの場所に帰りたいと、切に願います。
それが夜間飛行をする飛行家の考えていることです。
もしたとえ飛行中に、夜間の景色を楽しんでいるふりをしていても。
その後、飛行場に帰投し 一年ぶりの夜間着陸を無事終え、
飛行機のエンジンを止めて地面に足をつけました。
ふくらはぎに感じる自分の体重を感じながら
やっぱり地面はいい、 大地に足がつくという本当に当たり前で
いつも感謝すらしないことが、
どれほど大切で安心できることかを
ひさしぶりの夜間飛行の後、実感しました。
当たり前だと思っていることが
目の前から消えてしまうと本当に大事なものが何なのかわかるような気がして。
地面に立って生きているだけで幸せ。
いつも引きつけてくれる地球に感謝。
もしかしてよ、
渡り鳥たちが夜に旅を始めるのは
当たり前になりすぎた地面に感謝するためなのかも。
写真:夕暮れを飛ぶ3羽の鶴
2008年9月7日日曜日
フェアバンクス秋の風物詩
「昨日ね、うちの旦那様がムースを獲ったの!」
ちいさなパン屋を経営している50代の女性が、嬉しそうにそう言うと
周りの客を含めた店のその場の雰囲気がどっと沸きあがる。
フェアバンクスは秋9月上旬、紅葉が街を北から駆け抜ける時期
どこで?
もう食べた?
どのぐらい大きいの?
フェアバンクスに滞在すると狩猟があたりまえの、
そう・・たとえば
北海道人が海岸で秋サケを釣ってくるような感覚の日常会話になります。
いや、もしかしたら狩猟採取をしなくなった日本人には想像できないぐらい
たとえば、山菜取りぐらいの感覚でムース猟をしているのかも。
そのぐらいフェアバンクスの街には狩猟の準備をする車を見かけるし、
山で見かけるアラスカ人の会話は、ムースのことばかり。
9月初めから半月の間は、一年のうちで唯一ムースを狩猟できる時期。
フェアバンクスでは「誰々がムースを獲った」という話題で
少なくとも私の周りではあふれていて、ちょっと嬉しい気持ちになります。
これはブルーベリーとサーモンが終わったあとの秋の風物詩のようです。
お世話になっている知人の食卓には、
息子さんが獲ってきたムースとカリブーの肉が毎日のように並び、
それにキングサーモンとブルーベリーのジャムをつけたパンがそえられます。
ムースはハツ(心臓)の部分をお酒と生姜とにんにく少々で下味をつけ、
それをちょっとの醤油と油でいためたという一品がテーブルに。
レバーのような歯ごたえと血の味わいが、喉をとおりしっかりと胃袋に収まり、
「美味・・・」というか何も教えられずにいた私は
てっきり日本でいつも食べているレバーだと思って食べてしまったのでした。
それも日本にある評判のよい焼肉屋ででてくる、とびきり旨いレバーだと思って。
カリブーの肉は、ムースよりあっさりした味わい。
カリブーの食べるコケの味がするといえば言えなくもないが、
それは単なる考えすぎかもしれないです。
いずれにせよ、食べることが想像力を膨らませるのは確かです。
その動物を食することによって
その動物の生きていた環境、食べていたもの、そしてその動物が経験したこと
すべてを内包する彼らの一生を享受する。
享受するといっても、仰々しくなく
それは頭の中にある小川にそって流れてくる、川の流れに溶け込んだ
不思議な概念として体中の血液を通して駆けめぐり浸透する。
浸透する概念は、アラスカの土地そのもの。
もちろん本人はその概念をよく分かり得ないけれど、そのなんとなく感が
毎年アラスカに通い続ける原動力であることは確かなんでしょうね。
そうやって、知らないのに嫌悪していた狩猟が
自分にとって身近で大切なものになってくる。
何事もやらずに簡単に批判してはいけない、のかも知れません。
堂々と目の前に存在しているムースとカリブーの肉を目前にし
それをフェアな方法で、自分の力で獲ってみたいと思うのでした。
狩猟については、
今から150年前に「森の生活」を書いたソローは
「自然を深く理解するための最も優れた手段のひとつ」とし
「真のナチュラリストとは、ハンターのことである」とナチュラリスト自身がそう言い、
日本の星野道夫氏は、狩猟採取に関して深い理解と興味を示し、
ムースや鯨のハンティングに同行しその場面を写真におさめております。
計画、準備、探索、射獲、回収、解体、調理、・・・そして感謝し食べること。
そのプロセスすべては何かの縮図ではないか?
と思うことがあります。
ちいさなパン屋を経営している50代の女性が、嬉しそうにそう言うと
周りの客を含めた店のその場の雰囲気がどっと沸きあがる。
フェアバンクスは秋9月上旬、紅葉が街を北から駆け抜ける時期
どこで?
もう食べた?
どのぐらい大きいの?
フェアバンクスに滞在すると狩猟があたりまえの、
そう・・たとえば
北海道人が海岸で秋サケを釣ってくるような感覚の日常会話になります。
いや、もしかしたら狩猟採取をしなくなった日本人には想像できないぐらい
たとえば、山菜取りぐらいの感覚でムース猟をしているのかも。
そのぐらいフェアバンクスの街には狩猟の準備をする車を見かけるし、
山で見かけるアラスカ人の会話は、ムースのことばかり。
9月初めから半月の間は、一年のうちで唯一ムースを狩猟できる時期。
フェアバンクスでは「誰々がムースを獲った」という話題で
少なくとも私の周りではあふれていて、ちょっと嬉しい気持ちになります。
これはブルーベリーとサーモンが終わったあとの秋の風物詩のようです。
お世話になっている知人の食卓には、
息子さんが獲ってきたムースとカリブーの肉が毎日のように並び、
それにキングサーモンとブルーベリーのジャムをつけたパンがそえられます。
ムースはハツ(心臓)の部分をお酒と生姜とにんにく少々で下味をつけ、
それをちょっとの醤油と油でいためたという一品がテーブルに。
レバーのような歯ごたえと血の味わいが、喉をとおりしっかりと胃袋に収まり、
「美味・・・」というか何も教えられずにいた私は
てっきり日本でいつも食べているレバーだと思って食べてしまったのでした。
それも日本にある評判のよい焼肉屋ででてくる、とびきり旨いレバーだと思って。
カリブーの肉は、ムースよりあっさりした味わい。
カリブーの食べるコケの味がするといえば言えなくもないが、
それは単なる考えすぎかもしれないです。
いずれにせよ、食べることが想像力を膨らませるのは確かです。
その動物を食することによって
その動物の生きていた環境、食べていたもの、そしてその動物が経験したこと
すべてを内包する彼らの一生を享受する。
享受するといっても、仰々しくなく
それは頭の中にある小川にそって流れてくる、川の流れに溶け込んだ
不思議な概念として体中の血液を通して駆けめぐり浸透する。
浸透する概念は、アラスカの土地そのもの。
もちろん本人はその概念をよく分かり得ないけれど、そのなんとなく感が
毎年アラスカに通い続ける原動力であることは確かなんでしょうね。
そうやって、知らないのに嫌悪していた狩猟が
自分にとって身近で大切なものになってくる。
何事もやらずに簡単に批判してはいけない、のかも知れません。
堂々と目の前に存在しているムースとカリブーの肉を目前にし
それをフェアな方法で、自分の力で獲ってみたいと思うのでした。
狩猟については、
今から150年前に「森の生活」を書いたソローは
「自然を深く理解するための最も優れた手段のひとつ」とし
「真のナチュラリストとは、ハンターのことである」とナチュラリスト自身がそう言い、
日本の星野道夫氏は、狩猟採取に関して深い理解と興味を示し、
ムースや鯨のハンティングに同行しその場面を写真におさめております。
計画、準備、探索、射獲、回収、解体、調理、・・・そして感謝し食べること。
そのプロセスすべては何かの縮図ではないか?
と思うことがあります。
2008年7月25日金曜日
明日からアラスカ
最近、忙しすぎて
日記も書けず、
いきなり明日のアラスカ出発となりました。
今回は、地上アウトドア三昧(いや、川と海も)なので
楽しい(激しい)体験と写真撮影が
十分余裕を持ってできると思います。
基本的に独りぼっちの旅ですが、
アラスカ現地調達で友人を作り一緒に遊び回ろう(連れ回す?)
と思っていますので私に出会った方は、怖がらないでくださいね。
もれなく車とオーロラツアーがつきます。(はず)
それと、次回作、本の出版が決まりました。
「魅惑の北海道アウトドア(仮称)」
カラー写真をふんだんに使った面白い本にしようと
思っています。(「アラスカ極北〜」は、真面目な本だったので・・・)
アラスカアウトドアと比較して、双方のアウトドア文化なども
紹介したりしようと思っています。
では、みなさま
see you soon in Alaska.
日記も書けず、
いきなり明日のアラスカ出発となりました。
今回は、地上アウトドア三昧(いや、川と海も)なので
楽しい(激しい)体験と写真撮影が
十分余裕を持ってできると思います。
基本的に独りぼっちの旅ですが、
アラスカ現地調達で友人を作り一緒に遊び回ろう(連れ回す?)
と思っていますので私に出会った方は、怖がらないでくださいね。
もれなく車とオーロラツアーがつきます。(はず)
それと、次回作、本の出版が決まりました。
「魅惑の北海道アウトドア(仮称)」
カラー写真をふんだんに使った面白い本にしようと
思っています。(「アラスカ極北〜」は、真面目な本だったので・・・)
アラスカアウトドアと比較して、双方のアウトドア文化なども
紹介したりしようと思っています。
では、みなさま
see you soon in Alaska.
2007年9月13日木曜日
「何か」の中に・・


(9月8日の記事です)
早いものでアラスカ滞在3ヶ月は
嵐のように過ぎ去りました。
今晩帰国です。
今シーズンすべての撮影飛行が終了し
ほっと安心、新しい試みを数多くしたので
正直心配でしたが本当によかった。
今年は短い滞在だったけど
突っ走ったように感じます。
なんだか分からないけれど
時間がないから
真剣に見ようとするし
真剣に向き合おうとする。
人生も同じなのか
死ぬまでの時間を意識すること
に似ているとも思います。
時間がない・・と思うと
あせるのではなく
真剣に楽しもうとする。
氷河の上などを飛んでいて思うことは
「このまま、エンジンが止まって氷河に突っ込んだら
僕は後悔するだろうか?」
なんてことです。
「死んでもいいと思える何か・・」
不謹慎かもしれないけれど
そんな「何か」の中に身をおきたい。
情熱という名の手法
(9月6日の記事です)
3泊4日でフェアバンクスからハスキーで連れてきた
カメラマンの友人とアンカレッジ氷河や自然と
ハスキーの撮影合宿が終わりました。
彼がフェアバンクスへ帰ったあと
あらためて撮影映像を見たのですが
恐ろしいほどの質感と色合いをもって
アラスカの自然がしっかりと動画で
表現されていました。
動画というよりは、すでに映画の1シーンで
あるような意味のある絵。
今シーズンは、自分でカメラを回して
アラスカの映像を撮ることは
大変難しい(技術的なことを含めて)
なかば映像製作はあきらめていました。
しかし出会いというものは
その人の人生を変えてくれるもので
あきらめるどころか、彼の撮った映像を見て
アラスカ飛行に関する何かができるのではないか?
という可能性と映画製作という将来の夢を感じたのです。
カメラという自分を表現する手段と
それに関することなら
誰にも負けない情熱を持っている彼を
僕は、ハスキーに乗せて
アラスカの大自然を撮ってもらいました。
上空で片時もカメラを離さない彼を見て
情熱のあり方などを感じたのです。
僕は、その人の性格などよりも
その人が何をしようとしているのか?
に興味があります。
何かをしようと必死になっている人は、どんな状況でも
絶対にエクスキューズせずまわりにアホだとか言われても
勢いでなんとか中央突破する。
その突破力みたいなものを見ていると
とても勇気づけられる。
すなわち・・
ちょっと無謀な情熱だけが
僕を元気にし
夢を与えてくれるんだと。
彼の映像は日本で
大画面を使って皆さんに見せたいと思える出来です。
あとはなんとか
うまく編集して仕上げるつもりです。
写真も文章でもそうですが、
表現なんて何でもよく
その時に一番伝えやすいものを選んで皆さんに
見てもらえればよいと思っています。
でも、結局手段いかんに関わらず
伝えなきゃいけないものは
「情熱」なんじゃないかと
情熱さえ伝わってくれば、
それがどんなに下手な手法でも
僕は、その人を好きになると思うのです。
3泊4日でフェアバンクスからハスキーで連れてきた
カメラマンの友人とアンカレッジ氷河や自然と
ハスキーの撮影合宿が終わりました。
彼がフェアバンクスへ帰ったあと
あらためて撮影映像を見たのですが
恐ろしいほどの質感と色合いをもって
アラスカの自然がしっかりと動画で
表現されていました。
動画というよりは、すでに映画の1シーンで
あるような意味のある絵。
今シーズンは、自分でカメラを回して
アラスカの映像を撮ることは
大変難しい(技術的なことを含めて)
なかば映像製作はあきらめていました。
しかし出会いというものは
その人の人生を変えてくれるもので
あきらめるどころか、彼の撮った映像を見て
アラスカ飛行に関する何かができるのではないか?
という可能性と映画製作という将来の夢を感じたのです。
カメラという自分を表現する手段と
それに関することなら
誰にも負けない情熱を持っている彼を
僕は、ハスキーに乗せて
アラスカの大自然を撮ってもらいました。
上空で片時もカメラを離さない彼を見て
情熱のあり方などを感じたのです。
僕は、その人の性格などよりも
その人が何をしようとしているのか?
に興味があります。
何かをしようと必死になっている人は、どんな状況でも
絶対にエクスキューズせずまわりにアホだとか言われても
勢いでなんとか中央突破する。
その突破力みたいなものを見ていると
とても勇気づけられる。
すなわち・・
ちょっと無謀な情熱だけが
僕を元気にし
夢を与えてくれるんだと。
彼の映像は日本で
大画面を使って皆さんに見せたいと思える出来です。
あとはなんとか
うまく編集して仕上げるつもりです。
写真も文章でもそうですが、
表現なんて何でもよく
その時に一番伝えやすいものを選んで皆さんに
見てもらえればよいと思っています。
でも、結局手段いかんに関わらず
伝えなきゃいけないものは
「情熱」なんじゃないかと
情熱さえ伝わってくれば、
それがどんなに下手な手法でも
僕は、その人を好きになると思うのです。
そんな時間を過ごしたい

(8月19日の記事です)
今日は、怪しいけれども
なんとか飛べる天気だ。
無風の中を東のチュガッチへ向かう。
山に雲はかかっているけど、
なんとかなるさ。
後席の友人に操縦させる。
フラフラしつつも
けっこう上手だな。
しかし・・
いきなり飛行機の操縦なんかしたら
その人は、どんな気持ちになるのだろう?
いつもと違う自分を
発見してもらえたらいいのだけれど。
そんな空の上では
その人の本音というか本当の姿がわかる気がします。
たぶん、地上の雑多な事を
空の上では考えなくてよいから、かな。
そんな二人っきりの本音トーク、
もしくは景色を見ているだけで言葉のいらない時間。
一緒に焚き火の炎の揺らぎを見ているときの
感覚に似ているよ。
たぶんフネもそんな感じかな。
動くこと、空や海の上に浮かぶこと
そのものが
満ち足りた時間。
そんな時間を
ずうっと
仲間とともに過ごしたいな。
夜のズーニー語録
再度、山田ズーニー語録です
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ひどい人間だと言われたら、いい人間だと弁明しない。
すまないことをしたら、いいことをして埋めあわせない。
胸にぽっかり穴が開いたら、代わりの何かで埋めない。
不安になったら、人から証(あかし)を求めない。
反作用をいったんこらえる。
それよりも、
自分をとりまく状況をちょっと広い目で見てみて、
そこに生まれ、
進みつつある「面白い企て」を前に進めることだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
(おとなの進路教室。)より
アラスカにいて自分の好きなことをしているのに
書きたいことは、そういうことじゃなかったりする
のは何故だろう?
ええと、、
文中の
「面白い企て」を前に進めること
にいたく同感。
世の戯れ事(例えば人間関係など)は、ひとまず
それはそれとして、あなたのプロジェクトを進めなさい。
そんな私的解釈。
面白いプロジェクトを持っている人が好きだ。
そういう人と話すと、
面白くないと思われているこの世を
バラ色に変えてくれそうな気分になるから。
この前は、航空写真家のJeanさんがアラスカに来てくれた。
エキサイティングだった。Jeanさんの作品には夢がある。
消極的と思われがちな価値観を持っている人も実は好き。
無欲の生活を「面白い企て」にしている人たち。
ナチュラリストっぽい人が多い。
こういう人たちは、アラスカならガードウッド
日本ならニセコにたくさん生息している気がする。
フェアバンクスは、町全体がそんな感じかも。
日本の岳人は、この予備軍と思われ、、
そんな感じで
暗くなってきたアンカレッジの夜、
またもやズーニー語録にやられているのでした。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ひどい人間だと言われたら、いい人間だと弁明しない。
すまないことをしたら、いいことをして埋めあわせない。
胸にぽっかり穴が開いたら、代わりの何かで埋めない。
不安になったら、人から証(あかし)を求めない。
反作用をいったんこらえる。
それよりも、
自分をとりまく状況をちょっと広い目で見てみて、
そこに生まれ、
進みつつある「面白い企て」を前に進めることだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
(おとなの進路教室。)より
アラスカにいて自分の好きなことをしているのに
書きたいことは、そういうことじゃなかったりする
のは何故だろう?
ええと、、
文中の
「面白い企て」を前に進めること
にいたく同感。
世の戯れ事(例えば人間関係など)は、ひとまず
それはそれとして、あなたのプロジェクトを進めなさい。
そんな私的解釈。
面白いプロジェクトを持っている人が好きだ。
そういう人と話すと、
面白くないと思われているこの世を
バラ色に変えてくれそうな気分になるから。
この前は、航空写真家のJeanさんがアラスカに来てくれた。
エキサイティングだった。Jeanさんの作品には夢がある。
消極的と思われがちな価値観を持っている人も実は好き。
無欲の生活を「面白い企て」にしている人たち。
ナチュラリストっぽい人が多い。
こういう人たちは、アラスカならガードウッド
日本ならニセコにたくさん生息している気がする。
フェアバンクスは、町全体がそんな感じかも。
日本の岳人は、この予備軍と思われ、、
そんな感じで
暗くなってきたアンカレッジの夜、
またもやズーニー語録にやられているのでした。
なりたい自分か?やりたいことか?
(8月2日の記事です)
アラスカ飛行&アウトドア活動中に
本を読むのは楽しい。
からだを休めている時に
ネットで好きな作家のコラムを読むのも
精神的な平静にプラスして
好奇心をくすぐるのにはいい行為です。
今日は、山田ズーニーさんの
「なりたい自分か?やりたいことか?」
というコラムを読みました。
どんなことかというと、
人が将来について考える時
以下の2通りのうちどちらかを考えるそうです。
1.なりたい自分→こうなりたいと思う内向きな欲求
2.やりたいこと→なにかに影響を与えたいと思う外向きな欲求
つまり
1.は、行き着くところが自分のことで
2.は自分はどうでもよくてそれより
外の何かに影響を与えたいという感じ。
そこでズーニーさんは問う。
「あなたはどちらですか?」と・・
面白いなとおもう。
なぜならば、
今「宇宙からの帰還」という
立花隆の本を読んでいるから。
この本は、宇宙飛行士が自己実現を終えてから
(つまり宇宙から戻ってきてから)の人生に
焦点を当てて書かれている本なのです。
ズーニーさんのいう、
1.「なりたい自分」を終えて
2.「やりたいこと」を模索する
宇宙飛行士のことが書かれているのです。
宇宙飛行士といえば、
たぶん自己実現の最たるもののような気がして
それらが終わった人たちは、一体どうなるのか?
宇宙飛行などは、そんなに何回も出来ないから
宇宙に行く=目標がある程度終了
な感が否めないような気もします。
「宇宙からの帰還」を読むと
それぞれの宇宙飛行士の人生観の変わりようと
その後の人生がよく理解できます。
たぶん、、だけれども、、
なりたい自分に終わりはあるけれども
やりたいことには、終わりがなくって
なりたい自分を通り越して(もしくは最初から無視して)
やりたいことに行き着くことが、
なにやら幸せの入り口のような気もします。
こんなふんわりとして曖昧な、、
でもじっくり考えるべきことを
提供してくれるズーニーさん。
女性の思考は素晴らしいなとおもうのでした。
アラスカ飛行&アウトドア活動中に
本を読むのは楽しい。
からだを休めている時に
ネットで好きな作家のコラムを読むのも
精神的な平静にプラスして
好奇心をくすぐるのにはいい行為です。
今日は、山田ズーニーさんの
「なりたい自分か?やりたいことか?」
というコラムを読みました。
どんなことかというと、
人が将来について考える時
以下の2通りのうちどちらかを考えるそうです。
1.なりたい自分→こうなりたいと思う内向きな欲求
2.やりたいこと→なにかに影響を与えたいと思う外向きな欲求
つまり
1.は、行き着くところが自分のことで
2.は自分はどうでもよくてそれより
外の何かに影響を与えたいという感じ。
そこでズーニーさんは問う。
「あなたはどちらですか?」と・・
面白いなとおもう。
なぜならば、
今「宇宙からの帰還」という
立花隆の本を読んでいるから。
この本は、宇宙飛行士が自己実現を終えてから
(つまり宇宙から戻ってきてから)の人生に
焦点を当てて書かれている本なのです。
ズーニーさんのいう、
1.「なりたい自分」を終えて
2.「やりたいこと」を模索する
宇宙飛行士のことが書かれているのです。
宇宙飛行士といえば、
たぶん自己実現の最たるもののような気がして
それらが終わった人たちは、一体どうなるのか?
宇宙飛行などは、そんなに何回も出来ないから
宇宙に行く=目標がある程度終了
な感が否めないような気もします。
「宇宙からの帰還」を読むと
それぞれの宇宙飛行士の人生観の変わりようと
その後の人生がよく理解できます。
たぶん、、だけれども、、
なりたい自分に終わりはあるけれども
やりたいことには、終わりがなくって
なりたい自分を通り越して(もしくは最初から無視して)
やりたいことに行き着くことが、
なにやら幸せの入り口のような気もします。
こんなふんわりとして曖昧な、、
でもじっくり考えるべきことを
提供してくれるズーニーさん。
女性の思考は素晴らしいなとおもうのでした。
北極海へ
(6月27日の記事です)
こんなタイトルの本を読んだことがある。
川旅を日本に知らしめたあの野田知佑氏の著作だ。
たしかマッケンジー川を下る話で、氏に珍しく妙に初々しくも
心躍る内容は、極北の匂いを多いに楽しめた。
北極海へ単独でたどり着くとどんな感じがするのだろう。
僕の場合は飛行機で北極海をみるのだろう。
だから
北極海は、前方一面に広がり
僕の視界中における既知は
それをはるかに越えた、、、
とか
愛機の翼の長さを越える白い水平線、
自転という基準そのものに
そっと、、垂直に近づくような不思議な感覚。
などと書くのだろうか。
いずれも勝手な想像だけれども。
自転軸は、地球の運動に関する
唯一の基準だとおもわれる。
僕らは、これに対してどうにか振る舞えば
なにかを知ることが出来るような気がする。
どうにかというのは
近づくとか、基準の中心に立ってみるとか。
アラスカ、極北、北極海、、
魅せられるということは
そういうことのような気がする。
願わくば、バローでうまい酒を飲みたいもの。
こんなタイトルの本を読んだことがある。
川旅を日本に知らしめたあの野田知佑氏の著作だ。
たしかマッケンジー川を下る話で、氏に珍しく妙に初々しくも
心躍る内容は、極北の匂いを多いに楽しめた。
北極海へ単独でたどり着くとどんな感じがするのだろう。
僕の場合は飛行機で北極海をみるのだろう。
だから
北極海は、前方一面に広がり
僕の視界中における既知は
それをはるかに越えた、、、
とか
愛機の翼の長さを越える白い水平線、
自転という基準そのものに
そっと、、垂直に近づくような不思議な感覚。
などと書くのだろうか。
いずれも勝手な想像だけれども。
自転軸は、地球の運動に関する
唯一の基準だとおもわれる。
僕らは、これに対してどうにか振る舞えば
なにかを知ることが出来るような気がする。
どうにかというのは
近づくとか、基準の中心に立ってみるとか。
アラスカ、極北、北極海、、
魅せられるということは
そういうことのような気がする。
願わくば、バローでうまい酒を飲みたいもの。
ウイスキーの40番よ



(6月24日の記事です)
「あなたの飛行機はウイスキーパーキングの40番よ」
「ウ、、ウイスキー?」
「アラスカのパイロットはウイスキーばかり飲んでるから
そんな名前になったのよ、ちゃんと40番に飛行機停めるのよ」
アンカレッジの小型飛行機専用の飛行場、
駐機場を借りに行った時、事務のお姉ちゃんはそう言った。
その後、ハスキーで晴天8時のアンカレッジ上空、
短くて小さい砂利道滑走路を探しあてて着陸。
大きな町の中にこんな情緒溢れるちいさな滑走路、
着陸時の心地よい緊張感がほぐれると
風景はぐるり360度砂利道ばかりで田舎の雰囲気。
ウイスキーの40番パーキング、、、
たどり着くと、40番には違う飛行機が停まっていた。
これは、スーパーカブ殿。。
右翼にガンケースが装着されている、、
40番といったお姉ちゃんの顔が浮かび、どうなんだか
堂々と僕のウイスキー40番にいすわるスーパーカブ様。
まあアラスカだし、、と隣の41番に駐機。
やはり年季の違うスーパーカブ様、切り番譲ります。
でもまさか、ウイスキー飲んで着陸したのでは、、、
のんびり&いい加減なアラスカって素敵。
写真上:堂々とウイスキーの40番にいすわるスーパーカブ殿
向こうは我がハスキー
中央:右翼下に装着されたカッコいいガンケース!真似しよう。
下:遠くでおさまる可愛い黄色のスーパーカブ。
まわりはカブちゃんだらけ。
山火事の影響



(6月23日の記事です)
アラスカに来て素晴らしい天気、最高の飛行日和。
写真左のフライト二日目。
ハスキーも青空バックに砂利道滑走路がよく似合ってる。
これが昨日のこと。
30分ほど飛んでハスキー慣らし。
地上の景色はやっぱり綺麗だった。
そして、今朝。
朝6時に起きてみるとなんだか外が暗い。
表に出てみて空の様子をみていると
スモーキーな匂いがする、、??
視程が悪く飛びたくない天気。
そしてアンカレッジデイリーニュース(新聞)を見てびっくり。
キーナイ半島の南、カリブーヒルズという場所で山火事が起きて
その煙が南風にのってアンカレッジに到達しているのだ。
今日の夕方遅く風向きが変わるまでこの状態は続くという予報。
他にもアンカレッジの北の街、ウイローとタルキートナの
ちょうど真ん中で同じく山火事が起きている様子。
こちらの山火事も気になる。
一昨日の雷が原因だろうか?
でも昨日、フライトをした時はそんな煙は見当たらなかった。
とにかく飛んでも仕方がない。
天気がいい日が続くと続くと我々には不都合なことも起きる。
でも、それが自然循環というものなのだろうな。
今日は、ゆっくり待ちの日。
しかし、、それなりの規模の山火事なのだろう。
アンカレッジからキーナイの火事発生地点は
180kmも離れているのだから。
今後の推移は、また報告します。
写真右はカリブーヒルズの火災
(アンカレッジデイリーニュースから)
夏のハスキー

(6月21日の記事です)
ハスキーを取りに行きました。
アンカレッジから車で一時間半のところにある飛行場に
フォードで行ってハスキーとご対面。
3ヶ月ぶりの再会は、「おっハスキー、かっこいいじゃん」
という印象、なんだか不思議な気持ち。
エンジンを回してシミュレーションテイクオフをして感覚を取り戻す+ハスキーの調子を見たあとフライト開始と思ったら
風が急に強くなったのですぐに中止。
のんびり森の飛行場で作ってきたおにぎりを食べながら待つ。
こういう時は、絶対にあせっちゃダメ。
風見鶏を見ながらのんびりいこう。
アラスカは今日、日射がすごくて地上の空気が暖められて
すごく風が巻いていた。
空の世界は、高気圧と太陽がいいとは限らないのだ。
太陽が雲に隠れて、地表面の温度が一時安定したころを
狙って離陸。
3ヶ月ぶりの飛行。
やっぱりすごくいい、すごく面白い。
でも感覚はすぐに戻って楽しいんだけれど
やっぱり外ばかり見ている、空中衝突が怖いのだ。
アラスカの夏は飛行機がメチャクチャ多いから。
でも、、
冬の厳しいフライトは、なんだったんだろう?
というぐらい快適。Tシャツと窓全開で最高に爽快フライト。
緑でいっぱいの地上の景色は、本当に天国みたい。
これからどうやって遊ぼう、、かな。
アンカレッジの砂利滑走路に着陸後、荷物を整理して
家まで歩いて帰る。
車は近郊の街の飛行場にあるので取りに行かなきゃいけない、、
だれか飛行機でそこまで乗せますので
運転して持って帰って来てくれませんか?
写真は、今日泊まりになるかも、と思って持っていった
ビールが破裂しそうになったのでやむなく飲んだ時のです。
2007年3月16日金曜日
また遊びに来るよ
「ティム、右に360度旋回しろ!右から接近するからな」
アンカレッジとスシトナ平原の海峡を越えたところ
まだ冬の寒々しさがのこる平原上で
僕は、ティムのセスナ185に空中集合して
編隊飛行を組んだ。
「イサオ、何処にいるんだ、見えないぞ?」
ティムにとって編隊飛行は、初めての経験、
「いいよ、4時の方向にいるから心配しないで」
その後、僕らはしばらく一緒に
スシトナ平原の冬枯れの林の上を飛んだ。
ティムのセスナ越しに
アラスカの最後の空の景色が
ゆっくりと流れる。
今日は、僕にとって本アラスカ滞在、最後の飛行。
普通に飛んでいたら感傷的になるから
思いっきりティムの飛行機に近づいて
操縦を複雑にして
つとめて明るく飛ぼうとおもった。
雪面に残る犬ゾリの跡、
凍った湖面に美しくつもる雪、
海氷に埋め尽くされた海、
見慣れた景色とも、しばしのお別れ。
また夏に君たちと出会ったときは、
すっかり緑で美しいんだろうな。
その後、ビッグレイクという森の中にある飛行場に
着陸してハスキーを格納庫の中にしまい込んだ。
「今度、お前と会うのは2ヶ月後ぐらいかな?
はやく会えるように日本で仕事を沢山もらってくるからな
良い子にしてるんだぞ」
ティムは、アンカレッジの駐機場で
たまたま隣に駐機していた飛行機のオーナーパイロット。
一度、強風時にハスキーが動けなくなったとき
何も言わず、ロープと車を提供してくれて一緒にハスキーを
強風から守ってくれた友人。
今回も、なんの見返りもないのに帰りの足となってくれた。
帰りは、彼の操縦でビッグレイク湖畔にある彼の別荘を
上空から教えてもらう。
「イサオ、いつでも俺の家に来い、
お前のでかいタイヤならいつでも降りられるさ。」
「でも、夏は湖じゃないの?」
「じゃあ、フロート買え!」
と大笑いして僕の肩を思いっきり叩く。
陽気にしているティムだが、
奥さんを若いうちにガンで亡くし
いまはお子さんと暮らしている気丈なおじさん。
アンカレッジに着陸したあと、ティムは
「お前の邪魔なガッデムハスキーがいなくなったから、
俺のセスナの駐機がしやすくなるってもんだ」
なんて冗談を言ったと思ったら
最後に自分の湖畔の家の手書きの地図を渡してくれた。
「絶対に来いよ、そしてフロート買え!」
アラスカのオヤジたちは、粗っぽくて
テキトウで口が悪くって、でもとっても
情にもろい人ばかりで大好きだ。
僕は、ハスキーをおいて日本へ帰る。
好きなことをひたすら追いかけ続けてきた僕も
明日のメシ代のことについて少し悩むことはある。
そんなとき、僕の毎日の昼飯代を抜けば
ハスキーのガソリン代の足しになるんじゃないかって
思うことがあるよ。
その程度だけどさ。
「好きなことを続けてゆけば、なんとかなるさ」
アラスカに来て
アラスカに教えてもらった言葉。
また遊びにくるよ。
アンカレッジとスシトナ平原の海峡を越えたところ
まだ冬の寒々しさがのこる平原上で
僕は、ティムのセスナ185に空中集合して
編隊飛行を組んだ。
「イサオ、何処にいるんだ、見えないぞ?」
ティムにとって編隊飛行は、初めての経験、
「いいよ、4時の方向にいるから心配しないで」
その後、僕らはしばらく一緒に
スシトナ平原の冬枯れの林の上を飛んだ。
ティムのセスナ越しに
アラスカの最後の空の景色が
ゆっくりと流れる。
今日は、僕にとって本アラスカ滞在、最後の飛行。
普通に飛んでいたら感傷的になるから
思いっきりティムの飛行機に近づいて
操縦を複雑にして
つとめて明るく飛ぼうとおもった。
雪面に残る犬ゾリの跡、
凍った湖面に美しくつもる雪、
海氷に埋め尽くされた海、
見慣れた景色とも、しばしのお別れ。
また夏に君たちと出会ったときは、
すっかり緑で美しいんだろうな。
その後、ビッグレイクという森の中にある飛行場に
着陸してハスキーを格納庫の中にしまい込んだ。
「今度、お前と会うのは2ヶ月後ぐらいかな?
はやく会えるように日本で仕事を沢山もらってくるからな
良い子にしてるんだぞ」
ティムは、アンカレッジの駐機場で
たまたま隣に駐機していた飛行機のオーナーパイロット。
一度、強風時にハスキーが動けなくなったとき
何も言わず、ロープと車を提供してくれて一緒にハスキーを
強風から守ってくれた友人。
今回も、なんの見返りもないのに帰りの足となってくれた。
帰りは、彼の操縦でビッグレイク湖畔にある彼の別荘を
上空から教えてもらう。
「イサオ、いつでも俺の家に来い、
お前のでかいタイヤならいつでも降りられるさ。」
「でも、夏は湖じゃないの?」
「じゃあ、フロート買え!」
と大笑いして僕の肩を思いっきり叩く。
陽気にしているティムだが、
奥さんを若いうちにガンで亡くし
いまはお子さんと暮らしている気丈なおじさん。
アンカレッジに着陸したあと、ティムは
「お前の邪魔なガッデムハスキーがいなくなったから、
俺のセスナの駐機がしやすくなるってもんだ」
なんて冗談を言ったと思ったら
最後に自分の湖畔の家の手書きの地図を渡してくれた。
「絶対に来いよ、そしてフロート買え!」
アラスカのオヤジたちは、粗っぽくて
テキトウで口が悪くって、でもとっても
情にもろい人ばかりで大好きだ。
僕は、ハスキーをおいて日本へ帰る。
好きなことをひたすら追いかけ続けてきた僕も
明日のメシ代のことについて少し悩むことはある。
そんなとき、僕の毎日の昼飯代を抜けば
ハスキーのガソリン代の足しになるんじゃないかって
思うことがあるよ。
その程度だけどさ。
「好きなことを続けてゆけば、なんとかなるさ」
アラスカに来て
アラスカに教えてもらった言葉。
また遊びにくるよ。
2007年3月15日木曜日
アラスカの冬を越してみて
星野道夫さんの本で
「アラスカの冬を越したものにしか分からない、うんぬん、、」
というフレーズがあったような気がするのですが
最近の3月の日照時間の長さを
感じると、本当にその通りだな、、
と感じます。
急激な日照時間の増え方は
住んでみて毎日過ごすと
すごくよく分かるんですね。
さらに冬に小型飛行機で飛ぶという行為は
とっても自然の移り変わりを感じることができます。
なんか、こう世界を俯瞰しているような感じだからでしょうか?
もしくは、飛行機が小さくて寒いから
風や温度の影響をもろに受けることが、
自然を肌で感じることに繋がっているのでしょうか?
最近は、アラスカの夕日がもうすぐ見られなくなる、、、
なんて危惧するほど、日が長いです。(夜8時半まで明るい?)
そんなわけでハスキーで
夕暮れ〜夜間飛行をしてきました。
アンカレッジのダウンタウン上空を
低空で飛び、流れる夜景を
ひとり見ながら着陸準備をしていると
「ああ、これでひとまずアラスカ生活も一区切りだな、、」
なんて感傷的になってしまいます。
というかそう言えば、夜間着陸って
久しぶりのような、、
現役時代、夜間ミッションを終えてひとり
帰路につく戦闘機時代の思い出がよみがえりました。
「アラスカの冬を越したものにしか分からない、うんぬん、、」
というフレーズがあったような気がするのですが
最近の3月の日照時間の長さを
感じると、本当にその通りだな、、
と感じます。
急激な日照時間の増え方は
住んでみて毎日過ごすと
すごくよく分かるんですね。
さらに冬に小型飛行機で飛ぶという行為は
とっても自然の移り変わりを感じることができます。
なんか、こう世界を俯瞰しているような感じだからでしょうか?
もしくは、飛行機が小さくて寒いから
風や温度の影響をもろに受けることが、
自然を肌で感じることに繋がっているのでしょうか?
最近は、アラスカの夕日がもうすぐ見られなくなる、、、
なんて危惧するほど、日が長いです。(夜8時半まで明るい?)
そんなわけでハスキーで
夕暮れ〜夜間飛行をしてきました。
アンカレッジのダウンタウン上空を
低空で飛び、流れる夜景を
ひとり見ながら着陸準備をしていると
「ああ、これでひとまずアラスカ生活も一区切りだな、、」
なんて感傷的になってしまいます。
というかそう言えば、夜間着陸って
久しぶりのような、、
現役時代、夜間ミッションを終えてひとり
帰路につく戦闘機時代の思い出がよみがえりました。
2007年3月12日月曜日
空で出会った友達と編隊飛行



一昨日の話ですが
デナリの近くまで
飛んできました。
そういえば、日本人が好きなデナリの写真がないな、、
と思って晴れた空のなか、きままにデナリの近くまで
超低空でひとっとび。
撮影も無事終わり、その帰り
スシトナ川の凍った大きい川幅の上を地面スレスレで
楽しんでいると、前方に一機の飛行機を発見。
ハスキーと同じような小型飛行機が、景色を楽しむように
飛んでいる。
「仲間だ、、」
独りぼっちで飛んでいるとき
同じく独りぼっちで飛んでいる飛行機を見つけると
どうしても近づきたくなる。
うしろからこっそり近づいて
なに食わぬ顔で挨拶しよう、、と後ろから近づくけれど
全然気付いてくれない。
きっと操縦と景色を見るのに夢中なんだろうな。
一体どんな人が乗っているんだろう、
飛び立ったばかりのヒヨッコか、
それとも空軍をリタイヤして趣味で飛んでいる
老練なおじいちゃんか、、
独りぼっちの飛行機の後方に
ぴったりくっつきながら
相手の想像をするのは、とてもたのしい。
途中、彼が旋回すると
僕が森にぶつかりそうになるので
ちょっとだけ軸線をずらして
後ろ上方にピッタリつける。
編隊飛行をしながら
超低空を飛ぶのは、爽快だ。
地面と相手の飛行機の二つに気を使うのは
軽い緊張感がある。
男の子は、こういうタスクのなかで
充実感とか満足感を得られるって思うよ。
結局、彼は気付いてくれず
でもまあ、なにかの縁だし、、
写真とビデオを撮ってお別れしてきました。
空では、いつも独りぼっち。
でも、たまにはこういう素敵な出会いがある
それは、地上でもおんなじで
いつも探しているんだろうなっておもう。
2007年3月10日土曜日
氷河に聞け
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