飛行機の整備をして戻ってくると
スーザンさんが、キャンプにあるコンテナの屋根に登って
何か見ている。
「川の方を見て! カリブーが川を渡りはじめたわ」
カリブーが数十頭、二日前に解氷した
目の前の川を渡りはじめている。
ここ数日で気温が上がり、
いままで氷結していた川が割れて流れが戻ってきたので、
カリブーは体を濡らして川を渡らなければならなくなった。
大きな個体である大人のカリブーは、
多少立ち止まったあと、なんなく川を渡ってしまうが
去年生まれたばかりの
まだ体の小さいカリブーは、
冷たい流れの中に入るのを嫌がっている様子だ。
「よく見て。しっぽが上を向いて跳ねるように歩いているカリブーは、
迷って困って誰かに助けてもらいたいのよ」
なるほど、どんどん先に行ってしまう大人たちに
助けを請うような表情でウロウロしつつ、
入水を躊躇している小さなカリブーの仕草が、手に取るように分かる。
結局、群れの最後に小さなカリブーが2頭
川の中州に残されてしまった。
「がんばれ、頑張って川を渡らないと
グリズリーかオオカミに食べられちゃうぞ」
スーザンさんが、カリブー2頭に檄を飛ばしている。
そして彼女は私にこう話した。
「以前も、こういう状況があってどうしても川を渡れないカリブーがいたの。そのとき私は、何とか渡れるようにしてあげようと思った、でも、それは自然の掟を曲げてしまうようなことだから、結局できなかったの」
「目の前のカリブーは結局、川を渡れずにそこで死んだわ。私は泣きながら、そのカリブーを動かして下流へ流した。そのままキャンプ近くにカリブーの死骸をおいておけば、今度は私がグリズリーに殺されるかもしれないから・・」
その後、最後のバンビは5分ぐらいウロウロしたあと、
なんとか川を渡りきった。やせ細った小さい体が、
さらに濡れて体毛がペシャンコになり、ずいぶん貧弱な姿になったが、
川を渡った興奮からか、いきなり凄いスピードで走り出し、
母親がいると思われる集団に戻っていった。
そういえば去年も同じように川を渡ったあと、
狂ったように走り出すバンビが、
夏のイビシャック川にいたことを思い出した。
生命の危機を克服してハイテンションになったのだろうか。
であれば、成長の過程における熱狂と死は隣り合わせということになる。
遠く霞んで見える海霧を背景に走る濡れたカリブーが、
シルエットになる光景を双眼鏡で見ていると、
なんだか自分が地球の映画を見ているような気がして
ちょっとそのことをスーザンさんに話してみた。
「この場所は自分の心を映す世界よ。
動物の行動や仕草は、私たちがそこにいなくても
刻々と起こっていることだけれど、やはりそれを見ている
自分の目や心がないと、その風景は存在しないわ」
「だから、目の前の風景は誰かが作った映画なんかではなく
自分そのものであるとも言えるわ、
だって今の自分の行動を選んだのは、自分でしょ?」
スーザンさんと話しながら、
目の前の恐ろしく美しい風景を見ていると
「こういうことを伝える仕事があってもいいか」
という気持ちになる。
少なくとも世界を見て知ろうとしていれば、
自分の仕事は存在し続けるだろうと思う。
以上、カビック滞在4日目の出来事でした。
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