2009年9月1日火曜日
極北カリブー猟(回収編)
カリブーの肉と角の回収、そしてハンターのひとりであるヨシの空輸は終わった。
残す最後の空輸回収作業は、
「仕留めたカリブーの回収を最後まで見届ける」と言い切った
ジョンを無事にHappy Valleyまで連れ帰ることだ。
しかしこの回収手順に俺とヨシは、いささか反対していた。
その理由は、
ハンティングキャンプ現地は前夜から強い風と雨に襲われ、川は増水して飛行機と肉とテントが置いてある大きな中州は削られ小さくなってゆき浸水甚だしく、すでに3つ張ってあった我々のテントも移動せざるを得なくなっていた状況だったからである。
そんな状況下では、まず人命を先に移動させてから、カリブー肉と角を・・・
という方針が当たり前だと思っていた。しかしジョンは、「俺は最後まで残る、肉と角の回収を先に頼む」と譲らない。これがアラスカンハンターというものの尊厳なのだろうか、それとも仕留めたカリブーの命を無駄にはしないという覚悟が自分の命と引き替えであってもよい、ということなのだろうか。
俺は、カリブーを獲っていない、しかしジョンはカリブーを2頭獲っている。
二人と肉と角があるこの中州の、小さな極北ワールドは、完全に狩猟者であるジョンの支配下に置かれており、思想が安全を上回ることを極端に嫌う俺も、支配者に逆らうことなどできなかった、「じゃあ、肉と角を優先しよう」俺はジョンが取り残されてサヴァイブする覚悟があることを確認した時点でそう言い、最後の肉と角を飛行機に乗せて離陸した。
中州は小さくなってゆく・・それはすなわちハスキーの着陸場所がどんどん減ってゆくということを意味していた。着陸場所とキャンプ地を兼ねていた小砂利で形成されている中州の長辺には、ブルーベリーなどの小さな植生で形成されている中規模なツンドラ帯が接続しており、それは中州というよりは巨大な島という面持ちであったので、いざというときはツンドラに降りればよい。
しかし歩けば、ソフトで甘美な足裏感覚を楽しめるツンドラには降りたくない。それにソフトであると言うことは、飛行機の接地に関しては悪条件であるし、未体験でもある・・・・パイロットは、未経験なことに関しては慎重でなければいけない、それに、未踏である極北大地へ、どこにでも降りるという行為は、自分の懐を形成する飛行審美性になんとなく合致しないものだということもわかっていた、なんでも「やればいい」というものではないのだから。
それでもヨシとカリブーの肉と角を運んでいく3回の空輸のうちに、着陸すると決めている中州の全長がどんどん短くなってゆく。それは着陸前点検手順の間際に見るジョンと非常用テントの接地位置でよくわかっていた。
中州で唯一、残された命としてのハンター、ジョン。
すでにヨシと肉と角はすべて持ち帰っているという事実が、ジョンの命の尊さをさらに際だたせる。
どんどん減ってゆく着陸帯。
果たしてこんな場所に降りられるのだろうか・・・
まともに平らな砂利の場所は、何feetあるのだろうか?
早くしないとジョンが川に一人取り残される。
手を振って風の方向を知らせてくれるジョンを見つつ着陸進入をしながら、彼が出発の際、フェアバンクスでパートナーであるステイシーとハグ&キスをしていたシーンを思い出す。アメリカ人の出会いと別れのシーンはいつも日本人の俺には強烈だ、なんで人前でそんなことをするんだという思いは、アラスカに通い慣れてきた今でも感じるが、それがこの瞬間には、この細く狭い中州に降りなければならないという自分の、この微細に波打つ心臓へのプレッシャーとして強烈に突き刺さる。
・・・なんとしてもジョンを連れて帰らねば。
着陸できる距離はすでに500ftを切っている。
たとえ300ft(100m)あれば、着陸できるという自信があってもパイロットはやはり長い距離の着陸帯が欲しい。飛行機を大地に降ろすのは、ギャンブルでも宝くじを買うことでもなく、また100歩譲っても、それが自分のための冒険だとか、自己実現だとか、ましてや記録更新などとは正反対の行為だ、これはヨシとジョンの命を彼らの大事な人のもとに送り届けるための飛行であり決して自分勝手な冒険なんかじゃない。
失速警報が常に鳴り続ける極限の低速進入、中州末端の、すでに川になっている場所へピンポイントで接地させる心理状態を保つ、たぶん接地時の尾輪は川の中だろう、それがかえって抵抗になって飛行機はすぐに止まるはず。
大地へ飛行機をたたきつけろ、飛行機よ止まれ。
川に尾輪が付いたと同時に主輪も砂利に接地、強烈なブレーキを加え、
エレベーター操作を行いつつフラップをあげる。
小雨の中、ジョンが手を叩いている。
飛行機は経験した中ではもっとも短い距離で止まったようだ、その距離50m弱。
飛行機から降りてすぐにジョンと荷物を放り込み、
離陸する。ジョンの膝の上には、ビールとウイスキーの空瓶が沢山入った
クーラーボックスが乗っかっている。なんでこんなもの持ってきたんだ?という自分の愚かさと、あえてやる愚かさの意味の大切さを感じながらヨシの待つHappy Valleyへ戻った。
着陸、エンジン停止、ジョンとヨシの再会、そして男同士の強烈なハグ。
「俺たちは、この瞬間、ブラザーになった、いままでは違うがこれからは家族同然のブラザーだ」
仲間と肉と、そしてカリブーの立派な角を持ち帰ったという事実と、ジョンの台詞が加わり、一瞬、安堵とともに強烈な眠気に襲われる、このままフェアバンクスまでワープしてシャワーを浴びた後、待っていてくれる西山さんの美味しい食事とうまいのビールが飲みたいと思う、「シャワーを浴びて、冷たいビールを飲みなさい」と優しく言って貰いたいとおもう。
アラスカンハンターの誇りである3つのカリブー角で装飾された車、Ford F-150でHappy Valleyからフェアバンクスまで戻るジョンとヨシを見送った後、ハスキーの横で低い雲と強い風で閉ざされているブルックス山脈方向を眺めた。
今日中にあの山脈を越えなければいけない。
そしてなんとしてもフェアバンクスに戻らねば。
残す最後の空輸回収作業は、
「仕留めたカリブーの回収を最後まで見届ける」と言い切った
ジョンを無事にHappy Valleyまで連れ帰ることだ。
しかしこの回収手順に俺とヨシは、いささか反対していた。
その理由は、
ハンティングキャンプ現地は前夜から強い風と雨に襲われ、川は増水して飛行機と肉とテントが置いてある大きな中州は削られ小さくなってゆき浸水甚だしく、すでに3つ張ってあった我々のテントも移動せざるを得なくなっていた状況だったからである。
そんな状況下では、まず人命を先に移動させてから、カリブー肉と角を・・・
という方針が当たり前だと思っていた。しかしジョンは、「俺は最後まで残る、肉と角の回収を先に頼む」と譲らない。これがアラスカンハンターというものの尊厳なのだろうか、それとも仕留めたカリブーの命を無駄にはしないという覚悟が自分の命と引き替えであってもよい、ということなのだろうか。
俺は、カリブーを獲っていない、しかしジョンはカリブーを2頭獲っている。
二人と肉と角があるこの中州の、小さな極北ワールドは、完全に狩猟者であるジョンの支配下に置かれており、思想が安全を上回ることを極端に嫌う俺も、支配者に逆らうことなどできなかった、「じゃあ、肉と角を優先しよう」俺はジョンが取り残されてサヴァイブする覚悟があることを確認した時点でそう言い、最後の肉と角を飛行機に乗せて離陸した。
中州は小さくなってゆく・・それはすなわちハスキーの着陸場所がどんどん減ってゆくということを意味していた。着陸場所とキャンプ地を兼ねていた小砂利で形成されている中州の長辺には、ブルーベリーなどの小さな植生で形成されている中規模なツンドラ帯が接続しており、それは中州というよりは巨大な島という面持ちであったので、いざというときはツンドラに降りればよい。
しかし歩けば、ソフトで甘美な足裏感覚を楽しめるツンドラには降りたくない。それにソフトであると言うことは、飛行機の接地に関しては悪条件であるし、未体験でもある・・・・パイロットは、未経験なことに関しては慎重でなければいけない、それに、未踏である極北大地へ、どこにでも降りるという行為は、自分の懐を形成する飛行審美性になんとなく合致しないものだということもわかっていた、なんでも「やればいい」というものではないのだから。
それでもヨシとカリブーの肉と角を運んでいく3回の空輸のうちに、着陸すると決めている中州の全長がどんどん短くなってゆく。それは着陸前点検手順の間際に見るジョンと非常用テントの接地位置でよくわかっていた。
中州で唯一、残された命としてのハンター、ジョン。
すでにヨシと肉と角はすべて持ち帰っているという事実が、ジョンの命の尊さをさらに際だたせる。
どんどん減ってゆく着陸帯。
果たしてこんな場所に降りられるのだろうか・・・
まともに平らな砂利の場所は、何feetあるのだろうか?
早くしないとジョンが川に一人取り残される。
手を振って風の方向を知らせてくれるジョンを見つつ着陸進入をしながら、彼が出発の際、フェアバンクスでパートナーであるステイシーとハグ&キスをしていたシーンを思い出す。アメリカ人の出会いと別れのシーンはいつも日本人の俺には強烈だ、なんで人前でそんなことをするんだという思いは、アラスカに通い慣れてきた今でも感じるが、それがこの瞬間には、この細く狭い中州に降りなければならないという自分の、この微細に波打つ心臓へのプレッシャーとして強烈に突き刺さる。
・・・なんとしてもジョンを連れて帰らねば。
着陸できる距離はすでに500ftを切っている。
たとえ300ft(100m)あれば、着陸できるという自信があってもパイロットはやはり長い距離の着陸帯が欲しい。飛行機を大地に降ろすのは、ギャンブルでも宝くじを買うことでもなく、また100歩譲っても、それが自分のための冒険だとか、自己実現だとか、ましてや記録更新などとは正反対の行為だ、これはヨシとジョンの命を彼らの大事な人のもとに送り届けるための飛行であり決して自分勝手な冒険なんかじゃない。
失速警報が常に鳴り続ける極限の低速進入、中州末端の、すでに川になっている場所へピンポイントで接地させる心理状態を保つ、たぶん接地時の尾輪は川の中だろう、それがかえって抵抗になって飛行機はすぐに止まるはず。
大地へ飛行機をたたきつけろ、飛行機よ止まれ。
川に尾輪が付いたと同時に主輪も砂利に接地、強烈なブレーキを加え、
エレベーター操作を行いつつフラップをあげる。
小雨の中、ジョンが手を叩いている。
飛行機は経験した中ではもっとも短い距離で止まったようだ、その距離50m弱。
飛行機から降りてすぐにジョンと荷物を放り込み、
離陸する。ジョンの膝の上には、ビールとウイスキーの空瓶が沢山入った
クーラーボックスが乗っかっている。なんでこんなもの持ってきたんだ?という自分の愚かさと、あえてやる愚かさの意味の大切さを感じながらヨシの待つHappy Valleyへ戻った。
着陸、エンジン停止、ジョンとヨシの再会、そして男同士の強烈なハグ。
「俺たちは、この瞬間、ブラザーになった、いままでは違うがこれからは家族同然のブラザーだ」
仲間と肉と、そしてカリブーの立派な角を持ち帰ったという事実と、ジョンの台詞が加わり、一瞬、安堵とともに強烈な眠気に襲われる、このままフェアバンクスまでワープしてシャワーを浴びた後、待っていてくれる西山さんの美味しい食事とうまいのビールが飲みたいと思う、「シャワーを浴びて、冷たいビールを飲みなさい」と優しく言って貰いたいとおもう。
アラスカンハンターの誇りである3つのカリブー角で装飾された車、Ford F-150でHappy Valleyからフェアバンクスまで戻るジョンとヨシを見送った後、ハスキーの横で低い雲と強い風で閉ざされているブルックス山脈方向を眺めた。
今日中にあの山脈を越えなければいけない。
そしてなんとしてもフェアバンクスに戻らねば。
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