2011年9月19日月曜日
2011年9月13日火曜日
本物を見るチカラ
最近、事情があってテレビなんかを見る機会が結構ある。私はアラスカ活動当初、テレビなどのマスコミに出ることが「一定の成果」だと信じていた時期があった。現在は全くそういうことはないのだが、その一因はマスコミは本物を伝える意志があるのかどうか?というところにあった。
ここで「本物とはなにか?」という問いがでてくるだろう。まどろっこしいので簡潔に言うと、本物とは人間を含めた生物や静物の本性が出る瞬間であり、実際には泥臭い現実、すなわち長い人生(もしくは単なる時間経過)の中で繰り返す美しくも危険なパターンのことである。これを目の当たりにしているか、体験しているかどうかで(語り手の)そのストーリーの本物度が現れてくると思っている。本物は有り体に言えば、死の恐怖を知ることから始まるのだ。その点、作られた物語がドキュメンタリーとしてあらゆる媒体に垂れ流され、国民の大多数がそれを安易に受け入れ語っているように思える。自分で体験したこと、もしくは確認したことでなければ語るべき本物にはなり得ないのであるから、日常は本当に辛く悲しいウソの同意に満ちている。本音で語り合える瞬間は本当に少ない。
いつも狩猟の話で恐縮だが、私を含めた狩猟家の多くが狩猟行為を行う理由はただひとつ、その行為の対象に「生命の本質」という名の本物を見せつけてくれる動物が広大なフィールドをかけめぐって我々を軽く翻弄してくれるからだ。そして、とうてい及ばない野生動物に我々は何とかして追いつこうとするその瞬間に、他の誰も介入できない純粋な関係性、動物と我々の世界がごく短い間ではあるけれど構築される。そういう世界を知るようになると、他人の介入したストーリーや、わざとらしい演出を見抜く力を得、さらには擬世界を生きる人間を敬遠してしまうようになる。
私の住む田舎には、人知れず地味に生きる面白い人がいる。そういう人たちは自分の中の真理を見つけた人なのだろう、語らないが一緒にいたいと思う人間が少なからずいる。そういう人間関係の中で活動していると、間違った方向に踏み外してはいけないなと思うのだ。
ここで「本物とはなにか?」という問いがでてくるだろう。まどろっこしいので簡潔に言うと、本物とは人間を含めた生物や静物の本性が出る瞬間であり、実際には泥臭い現実、すなわち長い人生(もしくは単なる時間経過)の中で繰り返す美しくも危険なパターンのことである。これを目の当たりにしているか、体験しているかどうかで(語り手の)そのストーリーの本物度が現れてくると思っている。本物は有り体に言えば、死の恐怖を知ることから始まるのだ。その点、作られた物語がドキュメンタリーとしてあらゆる媒体に垂れ流され、国民の大多数がそれを安易に受け入れ語っているように思える。自分で体験したこと、もしくは確認したことでなければ語るべき本物にはなり得ないのであるから、日常は本当に辛く悲しいウソの同意に満ちている。本音で語り合える瞬間は本当に少ない。
いつも狩猟の話で恐縮だが、私を含めた狩猟家の多くが狩猟行為を行う理由はただひとつ、その行為の対象に「生命の本質」という名の本物を見せつけてくれる動物が広大なフィールドをかけめぐって我々を軽く翻弄してくれるからだ。そして、とうてい及ばない野生動物に我々は何とかして追いつこうとするその瞬間に、他の誰も介入できない純粋な関係性、動物と我々の世界がごく短い間ではあるけれど構築される。そういう世界を知るようになると、他人の介入したストーリーや、わざとらしい演出を見抜く力を得、さらには擬世界を生きる人間を敬遠してしまうようになる。
私の住む田舎には、人知れず地味に生きる面白い人がいる。そういう人たちは自分の中の真理を見つけた人なのだろう、語らないが一緒にいたいと思う人間が少なからずいる。そういう人間関係の中で活動していると、間違った方向に踏み外してはいけないなと思うのだ。
2011年9月9日金曜日
町の写真屋さんにて
本日、町の写真屋さんに大事なフィルムを現像しに行った。
自分の住む町では、老舗である写真屋さんに
名前を伝えてフィルムの現像をお願いすると、
あ、湯口さんですね、、と知っている様子。
聞くと、写真屋の主人は、
別の友人のスノーモービル仲間であったらしく、
「私も写真大好きでナショジオに載ってみたかったんですよねー!」
なんて言ってくれたりして
ちょっと嬉しくなってしまった。
小さな田舎町ならではの近所話だけど、
なんだかホッとするもんです。
そういえば、町の写真屋さんって久しく行ってなかった。そして「写真屋さんが写真好き」という構図も久しぶりに見た感じがする。現代は、モノやサービスを売る作業が簡単になり、○○屋さんというのがスーパーマーケット化され素人でも普通に売ることが出来るようになった。写真で例えれば素人さんでもデジタル現像できるようになった。八百屋さんなんかも、いい例だろう。
なんでもアマゾンで商品が手に入り、たいていの口コミ情報が価格ドットコムで調べられる今の時代だからこそ、○○屋さん的な突出したサービスが出来る人が魅力を発しているような気がするがどうだろう。
自分の住む町では、老舗である写真屋さんに
名前を伝えてフィルムの現像をお願いすると、
あ、湯口さんですね、、と知っている様子。
聞くと、写真屋の主人は、
別の友人のスノーモービル仲間であったらしく、
「私も写真大好きでナショジオに載ってみたかったんですよねー!」
なんて言ってくれたりして
ちょっと嬉しくなってしまった。
小さな田舎町ならではの近所話だけど、
なんだかホッとするもんです。
そういえば、町の写真屋さんって久しく行ってなかった。そして「写真屋さんが写真好き」という構図も久しぶりに見た感じがする。現代は、モノやサービスを売る作業が簡単になり、○○屋さんというのがスーパーマーケット化され素人でも普通に売ることが出来るようになった。写真で例えれば素人さんでもデジタル現像できるようになった。八百屋さんなんかも、いい例だろう。
なんでもアマゾンで商品が手に入り、たいていの口コミ情報が価格ドットコムで調べられる今の時代だからこそ、○○屋さん的な突出したサービスが出来る人が魅力を発しているような気がするがどうだろう。
2011年9月6日火曜日
死なない程度にギリギリで!
今日は所用で京極まで出かけたのですが、
尻別川が飛んでもない水量でした。
うわー、友人のスパルタン・カヤッカーでも
嫌がりそう・・な濁流。
と思ったら用事のある場所までの道路が・・・
まったく川の氾濫は怖いものです。
なかなかその怖さを知らずに
見学ツアーしたりする人がいますが、
たぶんその人達はカヤックをやったことのない人でしょう。
本当の川の怖さって、リバーカヤックの単艇で
川を下らないと分からないと思うんです。
(いわゆるホワイトウォーター=激流下り)
ダッキーやラフトでは分からないであろう
「あ、、ここで沈したら死ぬかも」
という感覚は、
水流の本当の怖さを教えてくれますし、
沈したとしてもそこで
エスキモーロールの確実性が問われたり、、
ああ、思い出しただけでゾッとします。
恐怖が身を助けることって結構あります。
(逆に恐怖が、人生の可能性を狭くするって事もありますけど)
とにかく我々は、
死なない程度にギリギリ追求系
としましょう
2011年9月5日月曜日
アラスカ先住民村のまとめページ
アラスカのネイティブ村、いわゆる先住民の村をまとめつつあります。
http://www.talkeetna.jp/flight_journey/pg30.html
画面左のタブを選択するとそれぞれの村が紹介されます。まだ10数村しかまとめきれていませんが、着々と紹介してゆきたいと・・村でのエピソードは本当に沢山あったので。
村への飛行旅は私のアラスカ飛行の要であり(アラスカの村へは実質、飛行機でしか行けない場所がほとんど)、これの紹介なくしてHPの存在の意味がないのでなんとか完成まで頑張ってゆきたいと思っています。
しかし、、100以上の村(3年間でのべ300村以上)を回っているわけだから・・・ライフワークですね。
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